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第144話

──翌月から、結空の発情がピタリと止まった。 変わらず仕事は続けていたが、発情期はやってこないし、体は怠い。熱を計れば毎日微熱続きで流石におかしいと気が付いた。 そういえば、最近お尻丸くなった?と透に聞かれたことを思い出す。ただのセクハラ発言かと思っていたが、もしかして……と思い当たるのは妊娠したのではないかということだった。 発情期のΩがαとセックスした場合、高い確率で妊娠してしまうのは周知の事実だ。 もしそうだったら、確証が欲しい。 結空はその日仕事を終えた足で、急いで病院へ向かった。 尿検査と腹部エコーの診察で、妊娠2ヶ月であることが判明。 「矢萩さん、双子ですよ」 「え……?」 双子という医師の言葉に驚愕したものの、すぐにそれは大きな喜びに変わり、なにより命を繋げたことが嬉しくて歓喜した。 結空はその場で涙を零し、自分の身体に、透に曽根崎に感謝した。 2人も妊娠の報告を大変喜び、また、双子であることを知って非常に驚いたようだった。 休日、結空をソファに座らせ、透と曽根崎が結空の代わりに家事に勤しむ。 結空がまだできると主張するが、2人はどうにも身重の体が心配で、結空には大人しくじっとしていろと口を揃えて言う。 「やっぱりあの時3人でシたからかなぁ」 透が思い出したようにコーヒーを淹れながら3人で交わった夜のことを口にした。 結空は本格的なヒートに自制が効かず、目の前にあった人参を手にとり、それを挿入しかけたところを2人に見られた。思い出すだけで赤面ものだ。 「かもしんねぇな。おい、そのコーヒー大丈夫かよ」 「大丈夫だよ。ほら、ちゃんとここに、ママに安心カフェインレスって書いてあるでしょ」 透がそう言ってコーヒーのパッケージを掲げてみせる。 「ならいい」 「もう、2人とも大袈裟だよ。俺まだ家事もできるし、仕事もできるし、コーヒーはカフェインレスでありがたいけど」 ハンディモップ片手に部屋の埃を取って歩いていた曽根崎が、手を止め結空の隣に座った。 「その仕事、すぐにでも辞めろ」 「はぁ?何なんだよ急に」 相変わらず曽根崎は口も態度も横暴で、ぶつかることもしばしばだ。 だが。 「そうだよ結空。元々男の身体は妊娠に向いてないんだ。男のΩは妊娠から出産まで、結構リスクがあるんだよ。しかも双子でしょ?だから、あまり無理しないで欲しいんだ。俺も敦もそう思って言ってる」 「……それは、わかってる」 その言動全てに愛が溢れているとわかる。 それに、自分の身体には、二つもの新しい命が宿っている。 結空はそれを守るべき母なのだ。 結空は、その翌月、幼稚園に休職届を出した。 結空の腹は胎児の成長とともにどんどん大きくなり、双子ということもあって、腹の重さは脚に、狭い骨盤に負荷をかけ歩行が次第に困難になり、妊娠8ヶ月で早々に入院することになった。 その2ヶ月後、結空は同じ病院内で無事、双子を出産。 8時間という長く苦しい分娩を乗り超えて、元気な産声を上げた男の赤ちゃんと、女の赤ちゃん。 男の子の名を曽根崎が『|威《タケル》』と命名し、女の子は透が『|尊《ミコト》』と命名した。 威は強い男に育ってほしいという願いから、尊は産みの母である結空に対する敬いの気持と、素敵な女性になって欲しいという願いからつけられた。 Ωから産まれた子は身体が強いと言われている。 結空はΩに転化したことや、運命の番と呼んでもおかしくない2人に出会えたこと、全てに感謝した。 結空は透とも曽根崎とも籍を入れておらず、今後もその予定はない。 複雑な事情により3人で番となってしまったことや、曽根崎の家のこと。 様々な事情に左右され、どちらに籍をおいてもどちらか一方が置いてけぼりになってしまうのだ。 そんなことは嫌だった。 結空は、透も曽根崎も、これから産まれてくる子供にも悲しい思いをさせたくなかった。 だったらこのままの形で家族になればいい。 これが結空の出した最善の答えだった。

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