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Ⅱ 蒼い夜に③
ノイをベッドに押し倒した。
星が泣いていた。
冷たい夏の日に降り出した雨の中に、光が飲まれていく。
命の灯が消えていく。
緩やかに、誰に知られる事もなく
星が消える。
雨の音は、ピアノに似ている。
屋根の樋 から零れていく音
爪弾く雫が、心音を穿つ
雨だれ
……いつかに聞いたピアノを思い出した。
「少佐!」
ドアを開けるや、ものすごい勢いで飛びついてきて、軍人たる俺ですらよろめいてしまった。
「体は大丈夫か」
「あぁ、ありがとう」
昼間ダヴィデの星を奪ったこいつの名は、ノイ。
かつてポーランドという国家が存在し、ドイツと辛うじて緊迫した友好を保っていた頃
私の父の会社に融資をしてくれた亡き恩人の息子だ。
彼の弾くピアノが聞きたくて、私は彼の家に通い、いつしか……
華奢な体を抱きしめて、口づけを交わす。
私はノイに好意を抱いていたんだ。
しかし、ノイはユダヤ人
ドイツがポーランドを併合すると、ユダヤ人の家と財産は奪われて、ピアノを聞く事はもうできなくなった。
ナチスのユダヤ人迫害が始まり、私は彼をこの国から逃がす事を考えた。
リトアニアの日本領事館に行けば、ヴィザが支給される。……そう聞いて。
日本人 が発給するヴィザは、規則に従った手続きを踏んでいない。だが、そんな事はどうでもいい。
ノイの命が助かればいい。
もう二度と会えなくても
どこかで生きてさえいてくれたなら
……そう思っていたのに。
ノイは今、私の部屋にいる。
ポーランドからの出国に失敗したのか。
なにがあった?
なにも話さないから分からない。
まぁ、いいさ。
抱きしめた体を横抱きにして、ベッドに押し倒した。
この意味が分からない程、子供じゃないよな?
「お前の新しい腕章だ」
右腕に巻いてやる。
どうせ、すぐに取るけどな。
脱がすから。
腕に巻かれた紋章に唇を落とす。
「似合っているぞ」
ピンク・トライアングル
「俺の物になったんだよ」
それは腕に巻いた首輪だ。
俺は、お前の飼い主だ。
ピンク・トライアングルが生き延びる方法は、一つ
「俺に体を差し出せ」
可愛がってやろう。
「施しを与えてやる」
施しを与えられて、お前は生き長らえる……
人の尊厳は捨てろ
苦しいだけだから………
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