7 / 19

Ⅱ 蒼い夜に④

「こんなものがなくても、俺は少佐がッ」 腕に巻かれた腕章に俺は困惑しながらも、訴えた瞳はキスで塞がれた。 「私はナチスだ」 「ハゥっ」 シャツのボタンが飛んだ。 胸の尖りを爪の先で弾かれて潰される。 「やめっ」 「やめないよ」 「ヒゥっ」 生暖かい湿った感触が胸に触れる。舌先が円を描いて、乳輪をペロペロ舐める。 チュウゥーッ 「ヒぁアンーっ」 小さな実を吸われて、歓喜の悲鳴が止まらない。 こんなの…ヤだ。 俺っ……少佐に好きって、まだ伝えていない。 「ノイは初めて?」 耳まで熱い。顔、真っ赤だ。 快楽のせいで、上手く動かない首を横に振った。 とにかく少佐に話を聞いてほしくて。 好きってちゃんと伝えてから……じゃないと嫌だ。 「男としてのプライドか?」 そうじゃない! しかし、声を上げる時間は与えてくれなかった。 「うそつき」 「ヒヤゥぅッ」 ズボンを膝まで下ろされて。 あろうことか下着の上から、パクリ 「アファアアアー!」 かぶりつかれてしまった。 弱音を吐いて潤んだ目尻を、湿った舌で拭われる。 「生き延びたいか」 いつの間にか…… 見つめる双眸に、俺の眼は囚われていた。 深海の果て 浮上できない。 蒼い海底牢なのか……瞳の奥深くに意識を奪われる。 俺は生きたい 自分自身のたった一つの命ですら、俺の物だと言えない世界で この命は俺の物だと叫びたい。 命の主張を伝える手立てのピアノはもう…… 弾けない時代になってしまった。 けれども命が叫ぶ。胸に息づく鼓動の叫びを聞いてほしい。 いつか……ピアノが弾ける日まで、俺は生きたい。生き抜きたい! 大きな掌が降ってきた。 慈しむように…… 髪を梳く優しい手…… 「お前から奪ったのは、私なんだよ」 「アンっ」 男の形に変わった下腹部の昂りを、下着の上から押し当ててくる。 「ナチスがユダヤから家を奪った。土地を奪った。財産を奪った。命を奪った。家族を奪った。民族の誇りを奪った。 ……お前から、ピアノを奪った」 与えられる雄の剛直に、クネクネ円を描いて、下着の中の膨らんだ雌しべを突き上げてしまう。 「私がお前に与えられるのは、快楽だけだ」 「少…佐っ」 「それ以外、与えられる訳ないだろう」 ちがう。 ちがうよ、少佐 少佐こそ囚われているんだ。 戦争の痛みに…… ナチスは酷い。 憎い。 だけど、憎しみの対象を自分に向けないでくれ。 少佐はナチスである前に、ひとりの人なんだ…… ナチスなんかなくなればいいと思うさ! でも……… 誰も軍人がいなくなったら、この国は誰が守るんだ? イギリス・フランス……戦争という魔物に、この国は喰い潰される。 こんな国は壊れたらいいと思う。 こんな腐った国…… でも。 こんな国でも、必死に生きている人がいる…… 生きる命を、守らなければならないのだろう。 あなたは、軍人だから……… 少なくとも、あなたは目に見えるものを守ろうとしてくれてるじゃないか。 俺だって、あなたに守られている。 全部は守れない。 全部守れば、あなたが壊れてしまう。 俺は、あなたが好きです。 あなたのそばにいたいです。 生きたいと思うのは、あなたが生きているから…… 命は、ひとりじゃ生きられない。 不必要な命は、一つもなくて 不必要な生涯は、一つもなくて 死んだ命は、生きている人の中で語っている。 生きる人が、彼らの心を生かすんだ。 生き様を刻み、時代をつくって 自分を責めないでください。 俺は、あなたが好き あなたもまた、俺にとって必要です。 必要でない存在なんてないんです。 俺の心は、あなたを……… 「お前の心は要らない」 …………………………どうして 「体だけを愛してやる」 口づけされた唇が冷たくて あなたが遠い 俺は、不必要なのか 俺の心は不必要 あなたにとって 俺は……… あなたの心を苦しめる『毒』でしかないのか 戦争が産み落とした猛毒はもう、心の致死量を超えていて…… 頬を一筋の涙が伝った。

ともだちにシェアしよう!