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第3話

*―――*―――*―――* 「琉人か…。確かアイツは23歳だったはずだ」 「聞いておいてなんだけど、黎一がそれを覚えていた事に驚いた」 「あぁ、少し前にバースデイイベントをやったからな」 「そういう事か」 開店時間前の事務室での何気ない雑談。 眞秀が使っているデスクの端に浅く腰掛けた黎一が、悪戯に髪を弄ってくるのを払いのける。 辞めたホストの処理をしてるんだから邪魔をするな。 黎一に昨夜の事を話しながら、地道にホームページやホストメニューの更新をしていく。 この業界はとにかく離職率が高い。常に人の入れ替わりが激しく、一人前に育つのなんてほんの一握りだ。 「そういえばお前、貴祥に会ったんだって?」 「………」 聞き覚えのある名前に、パソコンを操作する手が止まった。 脳裏に浮かぶのは、昨日控室で会った男。夜の匂いを纏いつかせた艶めいた人物。 「あれは何者?」 それまで見もしなかった黎一をチラリと見上げると、目を細めてニヤリと笑われた。 「お前が初対面の人間に興味を持つなんて珍しいなぁ?」 「別にそういうわけじゃない。ただ、あんな逸材よく見つけたなと思っただけ」 「愚問だろ」 「はいはい、黎一様には悪魔でさえも尻尾を振りますよ」 このナルシストめ。そして、その発言が認められるくらい実力も何もかもを持っているのだから始末に負えない。 「お前だけは尻尾振らねぇよなぁ…」 「俺が尻尾振って楽しいか」 「あぁ。尻尾振って俺にまとわりつけよ」 「…絶対にないから」 今日の仕事を開始してからまだそう時間はたってないのに、なんだかもう疲れてきた。 黎一のこれらの発言は、冗談半分本気半分だと知っている。 ――そう、半分は本気だ。 いつの頃からか、黎一は眞秀に対してこういう事を言うようになった。さすがにもう慣れているとはいえ、いまだに黎一が何を考えているのかわからない。 ただ、親友という友情にしてはあまりにも濃い。それに慣らされてしまった自分に呆れもする。 「…で?その貴祥さんが何」 「いや、昨日の帰りにアイツがお前の事を聞いてきたから。…珍しいんだわ、アイツがそうやって聞いてくるの」 「なに聞かれたの」 「『なんであの人が内勤?』だと。お前の見てくれは極上だからなぁ?」 その時の事を思い出したのか、黎一は喉奥で噛み殺すようにクツクツと笑っている。ご機嫌なようで何よりだ。 開店時間までに、昨日辞めたホストの情報を消さなければいけないというのに、黎一の戯言に付き合っている暇はない。 仕事を再開するべくパソコンに視線を戻そうとした眞秀だったが、それは叶わなかった。 「…レーイチ君。俺に仕事させる気ある?」 横から伸びてきた手に顎先を掴まれる。 黎一を見るように固定された角度のそれは、容易に外させてはくれないようだ。 「仕事する前に俺のご機嫌取りしとけよマホチャン」 「じゅうぶんご機嫌だ…っ…」 フッと屈めた黎一の体。唇に触れる柔らかな熱。 苛立ちに眇めた目で、極々間近にある黎一の瞳を睨み上げると、どこか挑戦的にニヤリと笑まれた。 視線が絡んだまま唇が軽く吸われ、優しく噛まれる。その繊細な力加減に肌がゾクリと粟立った。 眞秀が抵抗しない事に満足したのか、最後に舌先で下唇を舐めてきたかと思えば、黎一はすぐに体を起こした。 濡れた唇を手の甲でグイっと拭った眞秀は、何事もなかったようにパソコンへ向き直る。 もう何度目かと数える事さえしなくなったこの行為に、反応したら負けだ。喜ばせるだけ。 眞秀が黎一を拒否しない事を確かめるかのように、時折こうやって戯れに仕掛けてくる。 ――なに考えてんのか…。 内心でそんな事を思う眞秀の髪に軽く唇を落とした黎一は、香水の匂いだけを残して事務室を出て行った。

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