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第6話
*―――*―――*―――*
あの誤解はどうしたらいいのか…。そもそも黎一は何を考えていきなり俺をここで働かせているのか。というか、初日に黎一が言った言葉が諸悪の根源なんじゃ?…いや、俺のモノ発言を否定しなかった自分にも問題がある気がしてきた…。
眞秀は、この一週間で慣れてきた内勤の業務の途中、貴祥の言葉を思い出して、そして今更ながらに黎一の行動を思い返して頭を抱えた。
黎一の強引で突拍子もない行動に慣れすぎていて、不満はあれどとりあえず従う癖がついてしまっている事が、今回の事態をややこしくしてしまった気がする。
黎一相手に抵抗するのは疲れるし無駄だと悟ってからというもの、基本的に眞秀に不利益になるような事はしないという信頼が下手にあるせいで、大抵の事は黎一の思うとおりにしてきた。
さすがに貴祥が勘違いしているような理由ではないはずだが、それでも黎一が何を思って眞秀をここに連れてきたのかわからない今は、堂々と反論する事もできない。
そして、モヤモヤしたまま閉店時間の深夜1時を迎えた。
なんだかんだとまだ帰れないプレイヤー達を尻目に、やる事を終えた眞秀は精神的疲労を吐き出しながら裏口を出る。
「……あ…」
「お疲れさん」
路地裏へおりる6段程しかない階段の途中に立つ大柄な男。
一服途中だったのか口元からゆるりと紫煙を吐き出し、厚みのある低い声をかけてきた。
Lumiereのナンバー2である宗親だ。
先日ウェイターとして顔を合わせて以来の遭遇。こうやって個人的に言葉を交わすのは初となる。
今日はアフターを入れなかったのか、こんな時間にここで一服する姿はさすがに予想外で、眞秀の動きが一瞬止まった。
「…お疲れ様」
後ろ手に扉を閉めるも、なんとなく階段を下りる気が逸れてしまいその場に留まってしまう。
貴祥もそうだが、この宗親も同じく、これほど人目を惹くホストはそう多くはいない。
好奇心というか興味というか…、とにかく何かが眞秀の琴線に触れる。もう少し話してみたいと思うほどに。
そして宗親の方も、男らしく力強い瞳が、どこか興味深げに眞秀を見ていた。
微かに口角が引き上がっているように見えるのは気のせいか。…いや、気のせいじゃない。面白がっている?
それに気づいた眞秀の目が僅かに眇められた。途端に気安い気配が消え、どこかひんやりとした空気が漂う。
「…フッ…、そんな警戒するなよ」
思わずと言った感じで宗親の表情が綻んだ。
貴祥が貴祥だっただけに宗親も一癖あるのかと思ったが、この様子から見るにどうやら喧嘩を売ってくる気はないようだ。
それどころか、警戒心を露わにした眞秀を宥めるような気配さえ感じる。
バーテンダーであり店長でもある実が、宗親は面倒見が良くて後輩からも慕われていると言っていたことを思い出した。
同時に、ウェイターをしていた時に一瞬合った目付きの獰猛さも思い出したが…。
――やはり一筋縄ではいかなそうだ。
軽く腕を組み、どうしたものかと首を傾ける眞秀に、一段階段を上がった宗親がゆったりとした動作で近づく。
まだ二段分の差があるせいで、眞秀の方が見下ろす形になる。近づいた分だけ下がりたい気持ちになったけれど、悪意を感じないせいか足が根を張ったように動かない。
「…なに」
「この前貴祥に苛められただろ」
「………」
微妙な顔で黙り込んだ眞秀を見た宗親は、しょうがない奴だな…と言わんばかりに苦笑いを浮かべた。
「プレイヤーの給料は、その月に自分が売り上げた金額の5割前後がバックされる。あんたがいようがいまいが貰える割合は変わらないんだから気にするな。残りがあんたに流れようがオーナーが独り占めしようが俺らには関係ない。オーナーが何を考えてあんたをここに連れてきたのかは知らないが、店にとって不利益になるような事はしないだろ」
「…なんでそれ…」
びっくりしたなんてもんじゃない。あの時の貴祥の言葉を全部聞いていたかのような宗親に、思わず目を見開いた。
「あんたが真面目に内勤してるのは見ていてわかった。貴祥のあれはただの嫌がらせだから放っておけばいい」
「…嫌がらせされるほど関わったつもりはない」
「あんたみたいな美人がプレイヤーじゃなく内勤をやるってのがムカついたんだろ」
「それツッコミどころが満載なんだけど…」
そこで宗親が声をだして笑った。複雑そうに眉間にシワを寄せた眞秀の反応がよほど可笑しかったらしい。
「あんたプレイヤー経験あるだろ」
「…なんで」
「この前ウェイターとして席に来た時の行動を見てわかった」
「あー…、大学時代に少し」
「だから余計に貴祥が突っかかるんだよ」
ホストをやっていた過去は変えられないし、今更やる気もない。という事は、そこが気に入らないという貴祥をどうにかするのは難しいだろう。平行線だ。
眞秀が嘆息すると、二段分の階段を一気にのぼった宗親が目の前に立った。いざ並ぶと、その背の高さがハッキリとわかる。
「宗親さん、身長いくつ?」
「190」
「すごいな」
厚みのある体格と日本男性の平均を優に超える長身。男らしい精悍な顔立ちも相まって、日本人ではないみたいだ。
感嘆混じりの眞秀の呟きにフと笑みを浮かべた宗親は、その大きな手で眞秀の顎をクイッと持ち上げてきた。
「…っ…なに」
さすがに驚いて目を見開いた眞秀の顔を穴が開くほど見つめた宗親は、身を屈めて耳元に唇を近づけ、
「宗親でいい。あんたには呼び捨てにされたい」
低く色気のある声でそう囁いた。
眞秀の背筋がゾクリと粟立つ。これは反則だろ。
「…そういう事はお姫様に言うべきで、俺に言ってどうする」
僅かに掠れた声で言い返した眞秀は、顎先にかかった手を軽く払いのける。支えるだけだった宗親の手が離れ、その感触がなくなった事でホッと体の力を抜いた。
どことなく楽しそうな宗親にこれ以上弄られたくない。
悪い人ではなさそうだが、悪い男ではあるようだ。この店でナンバー2を張れるくらいだから当たり前だけれど…。
「プライベートじゃお姫様よりあんたの方に興味がある」
「それはたぶん気の迷いだ」
即座に切り捨てる眞秀に、やはり宗親は楽しそうに笑う。
「…帰る」
「あぁ、お疲れさん」
「お疲れ様」
先程の挨拶を再度繰り返した眞秀は、階段を下りながら後ろ手に宗親へ片手を振った。
そんな眞秀のスラリとした後ろ姿を見つめる宗親の瞳には、どこか嗜虐的な熱を思わせる色が浮かんでいた。
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