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第8話
「失礼します、眞秀です」
茶髪ショートボブの可愛らしいお姫様と、彼女を優しく見つめる琉人。
どことなくホンワカした雰囲気のテーブルに着いた眞秀は、穏やかな微笑みを浮かべながら席に着いた。
「キョウちゃんキョウちゃん。実は眞秀さんはね、ホストじゃないんだよ~」
「ええっ?」
いきなりの琉人の発言に、キョウちゃんと呼ばれたお姫様は目を丸くして眞秀を見る。
見た目も可愛らしいが、反応も可愛らしい。ホストクラブに来る客としては、こういうタイプは珍しいかもしれない。
「琉人さん、それ話しちゃっていいんですか?」
さすがに苦笑いで琉人を窘める。ヘルプの役割は担当ホストの補佐役であって、わざわざこんな風に興味を持たせるような事はしない。
どういうつもりだと琉人を見ると、何故かその顔はご機嫌に輝いていた。
イヤな予感しかしない…。
そもそも、ヘルプ用の別イスに座ろうとした眞秀を、「今日はこっち」と言って琉人の隣に座らせられたところからして、イヤな予感がする。
「ホストじゃないから、キョウちゃんが眞秀さんに懐いても大丈夫ってこと~」
「え~、私は琉人君以外の人には懐かないよぉ~」
キョウちゃんが頬を赤く染めてホワホワと笑っている。
こういう癒し系のテーブルも珍しい。ヘルプ出動に渋っていたけれど、ここなら大丈夫そうだ。
――と思っていられたのも最初の内だけだった。
「いや~ん、もっとイチャイチャして~っ」
目の前でお姫様が身悶えている。頬を真っ赤に染めて、目元はウルウルと恍惚の表情。
そして眞秀は、琉人に肩を抱かれて耳朶に噛みつかれていた。
………どうしてこうなった…。
「ちょっ…琉人さん…、待っ…」
「照れる眞秀さん可愛いね」
甘い囁きが直接鼓膜を震わせる。
更に強く肩を抱きしめられ、見せつけるように首筋を舌で舐められた。
背筋に走ったゾクリとした感覚を堪えて口元を噛みしめた眞秀と、真っ赤な顔でハァハァと興奮するお姫様。
…いやもう本当になんでこんな事に。
テーブルに着いて少ししてから、キョウちゃんが腐女子だと教えられた。イケメン同士のイチャイチャに興奮するのだとか。
『可愛くて格好良い琉人君に襲われる美人な眞秀さんを見てみたいっ』
お姫様の願いは全て叶えられるホストクラブで、拒否など出来るはずもない。
そもそもヘルプとして入っている眞秀には拒否権自体がない。おまけに琉人はノリノリだ。イスではなくソファーへ座る事を指示されたのも、こうなるとわかっていたからなのだろう。
「キョウちゃ~ん、もっと濃い絡み見たい?」
「見たい見たい!」
「……」
これ以上の濃い絡みって、何をするつもりなんだ。
間近にある琉人の顔を見た瞬間、それまで肩にまわされていた手が首筋にかかり、グッと引き寄せられた。
「お姫様を喜ばせてあげようよ眞秀さん」
「…ン…ッ」
耳元で囁かれた琉人らしくない低い声と同時に、眞秀の唇が塞がれる。
少しだけ開かれた隙間から舌が差し込まれ、眞秀の舌に絡みつく。本能的に逃げようとする眞秀のそれを強引に舐 り、アルコールの香りがする唾液を注ぎこまれる。更に奥深く貪られる苦しさにコクリと喉を鳴らして飲み込めば、首筋を掴んでいた手に優しく撫でさすられた。まるで良い子だとでも言うように。
「…ぅ…ン…ッ」
唇を離さないまま角度が変わり、誘い出された舌先を柔らかく噛まれる。
最後に強く吸われてようやく解放された時には、眞秀の息は荒く乱れていた。
大きく深呼吸しながら前髪をかき上げて、なんとか気持ちを落ち着かせる。その間に眞秀から手を離していた琉人は、余韻が残る色気染みた表情をキョウちゃんに向けて得意気に笑んでいた。
「キョウちゃん、どぉ~?満足してもらえた?」
問われた彼女は、憤死するんじゃないかと思えるくらいに全身を真っ赤に染め上げ、涙目で何度もコクコクと頷いている。
身売りをしたかいがあったようで何よりだ…。
可愛らしいお姫様だったはずが、思わぬダークホース。
これ以上妙な提案をされてはかなわない
気を逸らすように、ワインクーラーに入って冷やされているシャンパンをフルートグラスに注ぎいれ、興奮冷めやらぬ様子のお姫様の前に置く。
テンションが上がりすぎて喉が渇いていたのか、一気にそれを飲み乾した彼女はもう一杯お代わりをご所望すると、琉人と眞秀にもどうぞと促してボトルを空けた。
時間がきて彼女が帰ったあと、バーカウンター前に立っていた眞秀に近づいてきた琉人がそっと耳に囁いた言葉がある。
『眞秀さんって、男を惑わす妙な色気あるよね。さっき俺ちょっとヤバかった~』
あえて無表情でいた眞秀を誘うような流し目で見た琉人は、ニヤリと笑んでから颯爽と次のテーブルへ向かっていった。
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