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第12話
*―――*―――*―――*
深夜2時。
Lumiereからの帰宅途中、眞秀は珍しく車を運転していた。
音楽講師をしていた頃は毎日車に乗っていたから、道もそれなりに知っているし運転もそれなりに慣れている。
「その先の公園を過ぎて、すぐ右へ曲がった所にあるマンション~」
「了解」
助手席に座って指示を出しているのは、アルコールが入って少々ハイになっている琉人。
知らなかったけれど、今までも気まぐれに車で出勤することがあったらしい。そういう時の帰りは運転免許を持っている新人ホストに送らせているが、今日はそのホスト君が風邪で休んでいる為、急遽眞秀が運転して帰る事になった。
他の人間に頼もうとしたけれど、琉人の我が儘が炸裂。
「眞秀さんじゃなきゃやだーーーーー!」と駄々をこねてテコでも動かなかった為、仕方がない。
ナンバー入りしているホストの我が儘は厄介だ。先月は5位だったようで、多少の事なら優遇されてしまう。
「ここ?」
「うんうん、ここで合ってる~。奥の壁際の左から3番目~」
マンションに着き、半地下にある駐車場で指示された場所に一発で車庫入れすると、嬉しそうに拍手された。
掠り傷すら付けたくなくて慎重に運転しているのだから、一発で成功して当然。
琉人の愛車はスポーツタイプのジャガーだった。傷一つでもつけたら、ここぞとばかりに碌でもない事を要求されそうで恐ろしい。
「部屋までは送らないからな」
「えー、ここまで来たんだから泊まっていけばいいのに。そもそも眞秀さんどうやって帰んの~?」
「泊まるわけないだろ。タクシーで帰るから大丈夫」
言いながらシートベルトを外してドアに手をかける。
これ以上絡まれる前に脱出したい。
――という眞秀の考えはバレていたようで…。
助手席から身を乗り出した琉人の手が肩に回されてグイっと引き寄せられ、体勢を崩した眞秀は背後にある体に思いっきり寄りかかってしまった。
「…ッ…なに」
咄嗟に体を起こそうとしたけれど、それよりも先に腹に腕をまわされてなおさら強く抱きしめられる。
「…琉人さん、とりあえず離してくれる?」
「いやだねー。フフフ~、眞秀さん相変わらずイイ匂い~」
眞秀の首筋に顔を埋め、スンスンと匂いを嗅いでいる。こんなところは相変わらず犬っぽい。
居たたまれなさに身動ぎして拘束から逃れようとしても、細身ではあるが華奢ではない琉人の腕は意外としっかりしていて、容易には外せない。
眞秀と同じくらいの背丈だけど、ジムにでも通っているのか…背に触れる体は固く引き締まっているのがわかる。
「じゃあ泊まらなくてもいいから休んでいけば~?」
「それも遠慮する。休むなら自分の部屋で休みたい」
「えー…」
不満げな声をあげて、首筋に頭をスリスリと擦りつけてくる。互いの体が密着して暖められた事で、琉人がつけている香水と眞秀がつけている香水が混ざり合い匂い立つ。
密閉されている車内に広がるどこか甘い香りに、なんとなく息が詰まって吐息を零した。
「…琉人さん」
「じゃあさ、ここでいいから少しお話しよ?」
「話?」
「うん。眞秀さんと二人きりでお話がしたい」
酔いが醒めてきたのか、先ほどまでのふわふわした声色から、いつものしっかりした声色に変わってきている。酔っ払いの戯言ではなく、本当に話がしたいらしい。
「わかったよ。…で?なんの話をしたいんだ」
「ん~、そうだなぁ…」
できれば腕を離してほしいのだが、それを言ったら今度こそ部屋に連れ込まれそうで、この体勢を甘んじて受け入れるしかない。
抵抗するのも面倒くさくなった眞秀は、遠慮なく体の力を抜いて琉人に寄りかかる事にした。中途半端な姿勢は意外と辛い。
「あー、そういえば俺聞いてみたい事があったんだ」
「なに」
「オーナーの過去話」
「……は?」
「オーナーってプレイヤーやってた時凄かったんでしょー?眞秀さんならその時の事知ってそうだし、教えてよ」
「……あぁ、まぁ知ってるけど…」
意外な言葉に目を瞬かせた眞秀は、変な事を題材に話をするよりはよほど安全だと、若干安堵気味に頷いた。
「当時の黎一は……」
――思い出すのは大学時代。
バイトでやっていたはずのホスト業に本腰を入れるようになった黎一は、瞬く間にトッププレイヤーに上り詰めた。エース級の客を数人抱え、年間売上は二年目で億を超えた。
何をやっても卒なくこなすどころかトップを走る黎一は、そんな状態にも関わらず大学も学部首席で卒業。
そこからは飛ぶ鳥を落とす勢いで売り上げを叩きだし、ホスト界でも常に注目を浴びるようになっていた。
客は黎一にのめり込み、湯水のように金を落とす。
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