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第19話
「次はこんなもんじゃ済まさねぇって言ったよなぁ?…眞秀」
「…ッ…黎一!」
眞秀を見下ろす黎一の瞳には、嗜虐の澱みと情欲の熱が色濃く映っている。今にも食らいついてきそうな獰猛な雄の気配に、眩暈さえ覚える。
押さえつけてくる腕が与えてくる力強い痛みに、こぼれそうになった声を必死に堪えた。
「久し振りだな、お前を抱くの。大学の時以来か。あの時は、酔った眞秀の色気に煽られまくったよなぁ」
「…今日は、酔ってない」
「酔えば大人しくやらせんなら、今すぐその口にボトルごと突っ込んでやろうか?」
「な…んで…」
「眞秀、俺がどれだけ我慢してると思う?それをお前はことごとく突き崩してくる。…知らないとは言わせねぇぞ」
「そんなつもりは…ッ」
眞秀の言葉を遮ったのは、噛みつくような激しい口付けだった。神経に触れる尖った痛みと生々しい血の味から、唇が切れたのだとわかる。
強引に差し込まれた舌が傍若無人に口腔内をまさぐり、鉄サビ臭い血と互いの唾液が混ざり合ってクチュリと音が鳴る。
全てを貪り尽さんと食らいつく黎一に本能的な恐れが湧き起こった眞秀は、足りなくなる酸素に喘ぎながら圧し掛かる体を押しのけようともがいた。だが、自分よりよほど体重がある黎一の体はびくともしない。
「…ッは…、レイ…イチ…っ」
舌を優しく噛まれ、そこから湧き起こる甘い痺れに声を上げそうになるも、唇を吸われると同時にその声さえも奪われる。
眞秀を貪る黎一の荒い呼吸が耳について、激しい羞恥に襲われた。
強引に組み敷かれ、生殺与奪を黎一に握られている獲物のようだと。普通なら恐怖を覚えていいはずなのに、頭のどこかで、そこまで執着されている事に妙な興奮を覚えている自分もいて、…それが…、怖い…。
「考え事か?余裕だな、マホロちゃん」
「そんな…わけ、ッんぁあ!」
突然体の中心部を強く握られ、その痛みに背を仰け反らせた。
本能的に逃げようとすると、今度は優しく擦られる。思わず黎一の肩を掴んで甘い衝動を堪えた。
「今日はお前が泣こうが喚こうが逃がすつもりはない。………どうすればいいのか、わかるだろ?」
耳朶に唇が押し当てられ、熱く艶めいた声で紡がれる言葉は、悪魔の囁き。
黎一の性格はよくわかっている。こういう状態で抵抗したら苦しむのは眞秀だ。S気のある黎一は、嫌がる眞秀を喜々として泣かせ尽くすだろう。
それが嫌なら、取るべき行動はわかるな?
間近で嫣然と笑みを浮かべる黎一に、抵抗する力が抜けた。
「ぁあッ…、あ…、ンぁ…、も…やめ…っ」
俯せに押さえ込まれた体が、激しい突き上げに何度も何度も揺らされる。
ベッドに連れ込まれ、すでに二回最奥に出された精液が、グチュグチュと音を立てて後孔から漏れ落ち、内腿を伝ってシーツをしとどに濡らす。
「…い…ッ、…ぁッ、…ンっ…」
ガツガツと突かれるたびに抑えきれない声が唇から零れ落ちるが、もうそれを堪える事はできない。脳髄に染み込む気持ち良さに、禁忌への抵抗も失せた。
背後から聞こえる押し殺した荒い呼吸は、獣のようになって貪る黎一のもので、奥の奥まで犯し尽さんとばかりに抉るように腰を動かし、眞秀の口から啜り泣きの混じる嬌声が聞こえると同時に愉悦の笑みを浮かべる。
「泣くにはまだ早いぞ、眞秀」
ひと際強く突き上げられて、その強烈な快楽にビクンと背を反らした眞秀は、体内にドクドクと熱い液体が注がれた事を感じ取り、そして自分もまた白濁の液を滴らせた。
3回吐き出したはずの黎一の性器は、それでもまだ衰えていない。いまだ硬さを感じるそれがずるりと抜かれ、その何ともいえない感覚にまた小さく喘ぎ声をあげる。
全身どこを触れられても、鋭敏になった肌が全て性感帯にでもなったように痺れてしまう。だらしなく蕩けているだろう顔を見られたくなくてシーツに押し付けるも、隠すことなど許さないとばかりに体を仰向けに転がされた。
「…自分がどれだけ厭らしい顔をしてるかわかるか?」
顔を横に振りたくても、顎を掴まれてしまえばそれも叶わない。黎一の望む反応しか許されない事がわかっていても、僅かに残る本能が、飲み込まれるなとシグナルを発する。
乱れた呼吸を飲み込んで冷静になろうとする眞秀の抗いに気付いたのか、楽しそうに喉奥で笑いを噛み殺した黎一は、ベッドにぐったりと投げうたれている眞秀の片足を肩に担ぎあげて唐突に剛直を突き入れてきた。
「ンっ、ぁああッ!」
ガツンと最奥まで突き刺さる凶悪なそれに、眞秀の目尻から涙が零れ落ちる。
快楽も過ぎれば苦痛になるのだと、頭がおかしくなるほど何度も与えられる絶頂感は毒になるのだと、眞秀は悲鳴に近い声を上げながら思い知った。
喉が…痛い…。体が、痛い…。
「………ん…っ」
意識が浮上すると共に、全身を覆うだるさと痛みに気づいた眞秀は、ゆっくりと瞼を開いて浅く息を吐き出した。
いつもよりボーっとする頭は、まだ眠りから覚めきっていないせいなのか。
あまりの重さに起き上がる気力もなく、何気なく視線を流した先に見えた室内の様子がどこかおかしくて、目を瞬かせながら思考を巡らす。
…あれ…?…ここ、どこ…。
「…!?」
慌てて飛び起きようとして、体の中心部に走る痛みに耐えきれずまたベッドへ沈む。
…思い出した、昨夜からの事を…。
結局、朝方まで離してもらえなかった。
黎一の執着の度合いを嫌になるほど思い知らされ、耐えきれず途中で意識が落ちた後、どうなったのかわからない。
何気なく自分の体を探った眞秀は、ドロドロだったはずが汗もなくサラリとしている事に気付いた。シーツも綺麗なままで、それどころかフワリと良い香りがする。それはまるで風呂上がりのようで…。
「…起きたか?」
いきなり聞こえた声に体を震わせた眞秀は、ゆっくりとドアの方を向いた。
いつからいたのか、部屋に入ったすぐ横の壁に黎一が腕を組んで寄りかかって立っている。
その瞳は、昨夜の激情の名残もなく静かに凪いで、穏やかに眞秀を見つめてくる。
「起きてもどうせ動けないだろうと思って、お前が落ちたあと風呂にいれた」
「…あぁ…、うん」
散々声を上げすぎたせいか、喉が掠れてシクシクと痛む。
言う言葉も見つからずに黎一から視線を反らすと、小さな溜息と共に足音が聞こえた。そしてベッドが僅かに沈む。
歩み寄ってきた黎一が枕元に浅く腰をかけたからだとわかって、無意識に体が緊張した。
「…なぁ…眞秀…」
「なに…」
「いいかげん俺から目を背けるのはやめろ」
「なんだよ…それ」
「わからねぇ振りもやめろって言ってんだよ」
「………」
大きな手の平が頬に触れ、親指が優しく唇を撫でてくる。くすぐったさに顔を振って離れようとすると、真上から黎一が覗き込んできた。
逃がさないとばかりに瞳を合わせられ、
「よく考えろ」
そう静かに囁かれた言葉に、眞秀は何も返す事ができなかった。
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