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第21話
*―――*―――*―――*
「お気を付けて」
「眞秀さん堅いよ~っ」
「愛してるよキョウちゃん!今日もありがとー!」
「愛の言葉は眞秀さんに囁いて~っ!抱き締めながら耳元でねっ♪」
相変わらずの腐女子っぷりを発揮するキョウちゃんに、笑みを浮かべる眞秀の口元が引き攣ったのは言うまでもない。
よほど琉人と眞秀の絡みが気に入ったのか、今夜の見送りは両者へ指名が入った。通常ではありえない事だが、眞秀はプレイヤーではないし何よりキョウちゃんと琉人が喜んでいるのだから拒否する事も出来ず。
ヘルプに呼ばれなかっただけ良しとするしかない。
ご機嫌に手をブンブンと振りながら歩き去っていく姿を見送り、さて店に戻ろうと踵を返したところで眞秀の腕が掴まれた。もちろん犯人は隣にいる琉人しかいない。
「なんですか」
「すこーしだけ時間いい~?」
まるで人畜無害の子犬のように可愛らしい笑顔を浮かべているが、腹の内で何を考えているかわかったもんじゃない。琉人が笑顔になればなるほど、こちらの警戒心は増していくばかり。
無意識に疑いの眼差しになっていたらしく、笑顔が苦笑いに変わった琉人から「そんな詐欺師でも見るような顔しないでよ」と言われてしまった。
だが、眞秀の警戒は正しかった。とわかったのは、掴まれた腕を引っ張られて人気のない路地裏へ連れ込まれた時。
それも、店の裏口がある路地裏ではない方へ連れていかれたのだから、やはり琉人の笑顔は警戒すべきだと思ってしまうのは仕方がないだろう。
表通りは多数の人が行き交っているが、店も何もないこんな路地裏を通る人はまずいない。街灯も少なく暗いせいで、わざわざ覗き込む人もいない。誰にも邪魔されずに話をするにはうってつけの場所。
ビルの壁側に押しやられ、そこでようやく掴まれていた腕を離された。
靴のつま先が触れるほど間近に立たれれば、そう簡単に逃げ出す事は出来ない。
こんな状況でホノボノと天気の話をするとも思えず、それどころかどう考えても面倒くさい話になると予測がつくだけに、短く嘆息して背後の壁に寄りかかった。
「…で、なんですか琉人さん。仕事中なので手短にお願いします」
「その前に…、眞秀さん丁寧語なくしてよ。最初は普通にタメ口だったじゃん!丁寧語と素の口調が混ざってるからモヤモヤするんだけど」
「…無理です」
「えー…」
不満そうな顔をしたって無理。蓮司は別物として、それ以外のプレイヤーである彼らに100%のタメ口をするつもりはない。
店に入った当初は、琉人の言う通り結構普通にタメ口だったと思う。特に何も考えていなかったからだ。
けれど、いつの間にか自分の中でストッパー的な何かが出来た。心情的に。
時々素の口調が出てしまうが、それは仕方がないと諦めている。でも基本は、丁寧語だったり敬語だったりを織り交ぜて、職場の従業員同士としての立場を貫き通したい。
「蓮司にはタメ口全開なのにー…」
「………あいつの事は例外で」
蓮司の場合あまりに残念王子すぎて、気持ち的に突き放せない。今更ですます調で話しかけたら泣かれる気がする。いや、間違いなく泣く。
それはなんとなく琉人も理解できるようで、やれやれとばかりに溜息を吐きだした。
「しょうがないな~…、じゃあ本題に入ろうかー」
「………」
「貴祥さんと何かあったの?月曜の開店前に事務室で二人で何かしてたでしょ。何してたの?」
思わず固まってしまった。まさかあの場面を見られていたとは思わなくて…。
いったいどの部分を?貴祥が事務所を出ていく時か?
「ちょうど控室から出た時に、貴祥さんが眞秀さんを事務室に押し込んだのを見たんだけど…、…あの状態で密室で2人きりになって、何もないわけないよねー?」
「………」
よりにもよってそこか…。
あの時の事が脳裏に蘇って、居たたまれなさに視線を横に逸らす。
何をしてたのかなんて言えるわけがない。
「…べつに何もしてないですよ。店の事で少し話をしてただけで」
「へぇー…、あんな無理やり事務所に連れ込まれておいて?話だけなんてないでしょ。誤魔化すって事は、………キスでもされた?」
いきなり琉人が身を寄せてきた。
顔のすぐ横の壁に手をつかれ、吐息が触れるほど間近で囁かれてしまえば、強張った表情など簡単に読み取られてしまっただろう。
諦めた眞秀は、逸らしていた視線を正面へ戻して琉人の瞳を見つめた。
「だったらなんですか。琉人さんには関係ない」
「関係なくない。オーナーならともかく、貴祥さんは同じプレイヤーなのにずるい。それなら俺とも親しくしてくれるよね?」
「……」
「っていうか、オーナーが初日に、俺のものだから手出すんじゃねぇぞって言ってたけどさー、実際どういう関係なの?本当にオーナーのものなの?」
一瞬息を飲んでしまった。
黎一との関係が何かなんて、こっちが知りたいくらいだ。
親友だと…思っていた。思いたかった。…けれど…。
「…ちがう」
声に僅かな苦みが混ざった事に気付いたのか、琉人が少しだけ怪訝そうに眉を潜める。
「じゃあ貴祥さんはなに?」
「べつに、なんでもない」
「蓮司はー?」
「残念王子」
「ブハッ。………じゃあ俺と付き合ってよ」
噴き出したかと思ったら、次の瞬間真顔になった琉人は、低めた声でろくでもない事を言い放った。途端に、互いの間にある空気が濃密なものに変わる。
見つめてくる瞳に浮かぶ甘ったるい熱に、ぞくりと肌が粟立った。少し動けば鼻先が触れてしまいそうなこの距離から、逃げたくなってしまう。
「何…言ってんですか。付き合っても何も…、琉人さんはゲイじゃないだろ」
「ゲイでもバイでもないつもりだけど、眞秀さんだけは別なんだよねー。…あれ?って事はバイかな?」
「別じゃなくていいし、付き合いません」
「えー…、じゃあ誰のモノにもならないって約束してくれる?眞秀さんが誰かのモノになるとか、俺絶対ヤだからね。約束してくれるなら今は我慢する」
「……約束はしない…。例えそれがどんなものであっても」
“約束”とは、縛るもの。だから怖い。それが後にどんな重さになるかわからないのに、約束なんてできない。
眞秀の強い意志が伝わったのか…、しばし黙って視線を交わしていた琉人は、少しした後に溜息を吐き出した。
「…眞秀さんって普段はなんでもどうでもよさそうなのに、ダメって言いだしたらとことんダメだよねー」
「なんでもどうでもよさそうって…」
「まぁでもだからと言って諦めたわけじゃないけどー」
クスリと笑った琉人は、少しだけ顔を俯かせた。
腕の中に囲われている眞秀は、壁に背を預けたまま身動ぎせずその動向を警戒していたが、琉人の頭が首筋にグリグリと擦りつけられたところで肩の力を抜く。いつもの甘えたい時の仕草だ。
「…琉人さん」
「んー…、眞秀さんイイ匂い~。香水っていうか、フェロモン?この匂い嗅ぐと襲いたくなる」
「は?…ちょっと、離れて下さい」
「じゃあ代わりにキスしていい?」
「ダメに決まってるし代わりってなんだ」
「えー…。じゃあ抱きしめていい?あ、これ断られたら俺暴走するから」
「………」
黙り込んだ眞秀の様子に小さく笑みを零した琉人は、身を起こすと同時に眞秀の腕を掴んで引き寄せた。そしてギュッと力を込めて抱きしめる。
「んー、幸せ~」
本当に嬉しそうに言う様子に、琉人の暖かさを感じてふと口元が緩んだ眞秀は、どこか可愛らしい様子についつい背に腕をまわした。そして子供にするように軽くポンポンと叩く。
こうやって相手の警戒を解くのが琉人のやり方だとわかっていても、受け入れてしまう。こういう所がホストの怖いところだと思う。心身掌握の術に長けているとでも言おうか。
「…そろそろ店に戻ろう」
さすがに戻らないとマズいだろう。そもそも琉人は指名が入っているのではないか?
体を離そうとした眞秀をもう一度強く抱きしめてきた琉人は、大人しく腕を離すと思いきや、不意打ちで首筋にチュッと口付けてきた。
眞秀が抵抗する前に離れた琉人は、先ほどまでの可愛らしさはどこへやったのか…、素と思われるニヤリとした笑いを浮かべて表通りへ歩き出す。
「ほら、早く行かないと怒られるよー」
怒りの持っていき場を失った眞秀は、琉人の横に並び立った時に軽く拳で横腹を殴ってやった。
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