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第24話

*―――*―――*―――* 今日は、プレイヤー控室に置いてあるソファーを新しくするという事で、皆が店に出て部屋が空く時間帯を見計らって業者に来てもらった。 日本でも5指に入る店に相応しく、控室のソファーだというのにかなり良い物が置いてある。座り心地が良いそのソファーに座る事が許されているのは、上位陣だけ。 たかがソファーだが、こういう部分の小さな格差でもプレイヤー達の上昇志向を煽るのは上手いやり方だと思う。 「この辺でいいですか?」 「はい、大丈夫です」 今までと同じ位置へ置いてもらい、テーブルとの距離を微調整して完了。 業者を見送った後、搬入の為に壁際へ避けておいたごみ箱やら傘立てやらの小物を元の位置に戻し、部屋全体を見渡して問題がない事を確認して一息つく。 ソファーの入れ替えが完了した事を、オーナーである黎一に連絡しなければならない。電話しろとは言われていないから、メールでもSNSのメッセージでも構わないだろう。 それでも躊躇してしまう自分に情けなさを感じながらも、その気持ちを追いやるようにスマホを手に取る。 『控室のソファーの入れ替えが完了しました』 たったそれだけの業務連絡。スマホを持つ手に力が入ってしまうのは、膠着状態の悩みに結論が見えない焦燥感からか…。 じっと見つめていた画面が暗くなったところで溜息を吐き出し、スマホをスーツのポケットに戻した。 あー…、ペットに蓮司がほしい…。 先日の癒しを思い出してそんな事を思う。 とりあえずここでの作業は終わった。ぐだぐだ考えるのはやめて事務室へ戻ろうとドアへ歩み寄った時、眞秀が押し開こうとするより先に外側から開かれた。 ドアを向こう側へ押すつもりでいた体重移動はそう簡単に修正できず、足元がよろめく。 「…っと、悪い」 少しだけ驚いたように息を飲んだ声と同時に、すかさず眞秀の二の腕を掴んで支えてくれたのは、甘いウッド系の香りを身にまとった宗親だった。 目の前にある体からは、ひんやりとした冬の夜の空気が漂ってくる。どうやら今出勤してきたらしい。 「…あぁ、ソファーを入れ替えたのか」 眞秀がここにいる事が不思議だったのか、その原因を探すように室内を見渡した宗親は、ソファーが変わった事に気が付いたようで納得した様子で呟く。 「遅刻?」 「いや、オーナーには伝えてある」 「そうですか」 前から思っていたけれど、宗親の出勤時間は割と自由だ。それでもナンバー2を張っていられるのだから凄い。 そこでふと、いまだに二の腕を掴まれたままでいる事に気が付き、何とはなしに感じる気まずさを意識して宗親の腕に軽く手をかけた。 「もう大丈夫だから、離して下さい」 「………」 腕はそのままに、何故か眞秀をじっと見つめてくる。その眼差しはどこか優しく、けれどどこか緊張感を呼び起こす。 この男の本性はどちらなのだと、会う度に悩ましい。 獰猛さを見せつけてきたかと思えば、どっしりとした包容力で甘やかしてくる。相反するそれらの、どちらを信じたらいいのかわからない。 …いや…、信じる必要はないのか。ただの従業員同士、それ以上でもそれ以下でもないのだから。 眞秀はこの店に来てからというもの、他人との距離感の取り方がわからなくなってきたと、そう自覚している。 気を抜けば奥まで踏み込んでくる彼らに、どう対応していいのかわからなくなる。こんなことは初めてだ。人をタラシてなんぼのホストだからだろうか…。 そんな事を考えて無意識に溜息をこぼすと、突然唇に何かが触れた。 思わずビクリと肩を揺らして目線を上げれば、いつの間にか腕は離されていて、宗親の軽く握った手の甲が目の前にある。 …え…? 目を瞬かせる眞秀の様子に口元を綻ばせた宗親は、唇に触れさせた手を今度は首筋に伸ばしてきて、スルリと柔らかく撫でてきた。 咄嗟に半歩下がった眞秀を楽しそうに眺める瞳と視線が絡んだ瞬間、そこにある種の熱が沸き立たったように見えて、逸らす事ができなくなる。 「宗…親…?」 「今日は悩み事はないのか?」 「え?」 「ないなら、甘やかさない方向で行くが」 「ちょっと…待って、意味がわからない」 いつの間にか、絡めとられるように艶めいた空気に侵されている。 戸惑っている内に、足を踏み出した宗親がその厚みのある体で強引に眞秀を室内へ押し込んできた。 ドアが閉まる小さな音が聞こえ、密室に二人きりだと強く意識させられる。 「……俺は事務室に戻るので、どいて下さい」 「あんたと二人になれる状況を、俺がみすみす手放すとでも?」 「俺と二人になったって何も良い事はないですよ」 今日の宗親は、じわりじわりと追いつめてくる。 『甘やかさない方向』と言った先ほどの言葉は、こういう事か。

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