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第25話

本当に何を考えているのかわからない。 …宗親だけじゃない、貴祥も琉人も。ただの揶揄にしては、冗談にできないレベルだ。 見つめてくる宗親の視線が強すぎて、居たたまれなくなる。それを振り切るように顔を逸らし、横をすり抜けようと足を踏み出すが、予想通りそれは宗親に手によって妨げられた。 前へ進めないよう、眞秀の体の前に伸ばされた腕が、まるで通せんぼのように邪魔をする。 「…宗親。本当に、意味がわからない事をしないでほしい」 伸ばされた腕が、やんわりと眞秀の腰に回された。 この場から離れようとしているはずが、気付けば緩やかに宗親へ引き寄せられるように事が進んでいく。 いつの間にか伸ばされた糸が体に絡みついてくるみたいで…。息苦しさを感じた眞秀は、俯いて深く息を吸い込んだ。 「眞秀さん。前にも言ったが、あんたの色気は目の毒だ。…自分じゃ気づいてないみたいだが…」 「…なんですか、それ」 「さぁ、なんだろう?…夜の世界に住む人間は、あんたのそれに妙に魅せられる」 腰に回された手はそのままに、眞秀を抱き込むように宗親の体が近づく。俯く眞秀の頬にそっと当てられた手の平が滑るように動き、輪郭をなぞった指が顎先を掴んできた。少しだけ開いた眞秀の下唇を、宗親の親指がゆるりと撫でる。 「オーナーは、それだけじゃないみたいだけどな」 「……っ」 思わず顔を上げてしまった眞秀は、お互いの鼻先が触れるほど近づいていた宗親に息を飲んだ。 「あんたの悩みは、オーナーの事か?」 「な…んで…」 好きになりたくない。…もし、好きになって、溺れてしまったら…、常に周囲から憧憬や恋情を向けられている黎一に、嫉妬や不安を覚えて辛くなるのが想像つく。同性…ましてや親友に、そんな想いを抱きたくない。だから、黎一を好きにはならない。なってはいけない。 胸の内をぐるぐると巡る感情が苦しい。 今ならまだ大丈夫。友情のままでいられる。だから、頼むから、追いつめないでほしい。選択を…迫らないでほしい。普通の親友でいたい。 けれど、黎一は逃げる事を許さない。 …俺は、どうしたらいい…。 苦しさが喉をふさぐ。 喘ぐように息を吐き出した眞秀は、無意識のうちに宗親の肩に額を押し付け、その腕をぎゅっと掴んでしまっていた。 それに気付いた途端ハッと我に返り、慌てて体を起こす。だがその前に、宗親の腕が背に回された。 「……ッ」 抱きしめてくる腕に力がこもり、宗親の熱い吐息が耳に触れてぞくりと背筋に痺れが走る。 「……眞秀さん、あまり俺を煽るな」 「…ッ…そういうつもりは」 黎一の話を出されると、冷静でいられなくなる。いくら考えても答えの出せない選択に、ただただ煩悶するだけ。 強く抱きしめてくる腕を心地よく感じてしまうのは、それだけ自分が弱っているせいか。けれど、この腕が優しいだけではない事は確かで、眞秀は僅かな危機感と焦燥を覚え、宗親から離れようと身動ぎした。 「離してく…ッ、」 強引に塞がれた唇と、飲み込まれた言葉。驚きに固まる眞秀を翻弄するように、するりと舌が忍び込む。情欲を呼び起こすようないやらしい動きで口内を嬲られて、髪の間に差し込まれた指が頭皮を愛撫するように優しく動く。 首筋に伝わる甘い感覚に思わず呻き声をこぼしてしまった眞秀は、これ以上はダメだと宗親の腕をグッと掴んだ。 喉奥で小さく笑った宗親は、軽く吸い付いた後にわざと濡れた音をたてて唇を離し、そのまま間近で眞秀の瞳を覗き込んでくる。 「いきなり…何を」 「あんたは悩むと、とことんまで沈み込んで考え込むタイプに見える。だから引き戻しただけだ。…キスをしている間は、俺の事しか考えなかっただろ?」 ニヤリと精悍に笑う宗親に、どういう顔をしていいかわからない。気をつかってくれたらしい事に礼を言うべきか?それともキスされた事に怒るべきか? 複雑な表情で黙り込んだ眞秀は、とりあえずその近しい距離から離れようと一歩後ろに下がった。 それに合わせて解けた腕から解放されてホッとするも、 「あまり考え込みすぎると、間違った答えに迷い込む事もある」 言われた言葉が今の眞秀には重すぎて、グッと唇を噛みしめながら視線を背けた。 宗親の言う通りだと思う。けれど、もうすでに迷い込んでいる。それが間違った方向へ迷い込んでいるのか、正しい方向なのかはわからない。悩みすぎて、いったい自分は何故こんなに悩んでいるのだろうと思うほど。 「どうにもならなかった時は、俺のところに来ればいい」 柔らかく耳に届いた静かな声に、思わず息を飲んだ。 背けていた視線を戻して見た宗親の顔は、冗談を言っているとは思えない真顔で…。見つめてくる眼差しには、底の見えない深い穏やかさがある。 けれど、それを甘受できるはずもなく、眞秀は数秒の後にゆるく首を横に振った。 「…いえ、大丈夫です。気を使って頂いてありがとうございます」 突き放すような他人行儀な言葉は、眞秀の心の壁。 これ以上は踏み込んでほしくない。自分の足で立てなくなるのは嫌だ。寄りかかる心地良さを、与えないでほしい。 そんな眞秀を見て何を思ったか、宗親が右手を伸ばしてきた、その手が髪に触れる寸前、ふと何かに気付いた様子で宗親が動きを止めた。そしてスーツの内ポケットからスマホを取り出す。 眞秀にチラリと向けられた視線から、客から連絡が入ったのだとわかった。 途端に、今この場所がプレイヤーの控室であり、そして勤務時間だと思い出す。 いったい何をやっていたんだと…、宗親の作り出す空気にとり込まれていたような、そこから目が覚めた感覚に大きく深呼吸をした。 スマホを耳に当てた宗親の横を通り際に会釈をした眞秀は、甘い匂いの漂う控室から通路に出て後ろ手にドアを閉めながら、無意識のうちに強張っていたらしい肩から力を抜いた。

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