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第27話

*―――*―――*―――* 「実、今日の店の様子は?」 『店の方はいつもと変わりありません』 「わかった。じゃあそっちに寄らなくてもいいな」 『先程、備品の業者が納入に来ました』 「あぁ…、それで?」 『もう閉店間近なので、眞秀さんはたぶん1時間ほど残業になると思います。今日何かあったとすれば、それくらいですね』 「……わかった」 月曜日に発注した備品が、二日たった今日納入された。毎度のことながら、業者のこの早い対応には感謝しかない。 閉店間際に納入に来たため多少残業になってしまうが、1時間もかからないだろう。 発注書と現物の数量チェックをし、それらを備品室に持っていく。それが終わったら、事務室に戻って現金支払いの処理。会計ソフトに入力すれば済むのだから楽なものだ 作業をしていたせいでジャケットとネクタイを外していたが、11月下旬の夜ともなれば、そんなに暖房をきかせていない室内では少々肌寒くなってくる。 暑いより寒い方が好きだとはいえ、もう少し設定温度を上げようか。もしくはジャケットを着るか。 パソコンに向かいながらそんな事を考えていた眞秀の耳に、ドアが開く静かな音が届いた。 もうすぐ2時になる。店は閉店しているし、アフターの入っていないプレイヤー達ももういないだろう。 少しの警戒と共に振り向いた眞秀の視界に入ったのは、思わぬ人物だった。 「………黎一…」 今日は他の店舗にいると聞いていたのに、こんな時間にわざわざ戻ってきたのか。 「そろそろ終わりそうか?」 「え?…あぁ、…ちょうど終わったところだけど…」 戸惑いながらそう答えると、黎一は後ろ手に閉めたドアへ背を預けて寄りかかった。 この部屋から出ていかない様子に、なおさら戸惑う。 「何か、用があって戻ってきたんじゃないの?」 「あぁ、お前に用があって戻ってきた」 「………」 途端に、空気が重くなったような気がした。 見つめてくる瞳は深い色を湛え、眞秀の存在以外は一切映していない。ただ一心に向けられる眼差しから、逃れる術が見つからない。 「答えを、聞かせてもらおうか」 柔らかくもあり硬質にも感じられる、感情を見せない低い声。 眞秀は自分の喉奥から「あ…」と声がもれたような気がしたが、実際にそれは音にならず、喘ぐような吐息となってこぼれ落ちた。 どれほど考えても、答えを出せない。 心の中で、答えを出さなければこのままでいられるんじゃないかと、狡い事も一瞬思った。すぐに、それは黎一の気持ちを蔑ろにするのだと気付いて、振り払った考え。 まっすぐに正面からぶつかってきた黎一に、自分はどう答えを返せばいいのだろう。 どちらも選べないのだと、そう本心を告げるのは逃げになるのだろうか…。 逡巡する思いに瞳を揺らした眞秀は、一度閉じた唇をキュッと噛みしめた。 「……今まで通りじゃ、ダメなのか?」 微かに震える声で問うた言葉に、黎一は瞳を伏せた。 (ここまで待っても自分を選ばない) それは、黎一の心を抉る現実。 好きであればあるほど、手に入れたい想いは強くなる。年月を追う毎に増す恋情と情欲、そして独占欲。 自分の手に入らないなら…、いつか他人のモノになってしまうくらいなら、いっその事…と、汚く暗い考えさえ胸の内をよぎる。 理性を凌駕してしまいそうなそれが、苦しくて、血反吐のように溢れそうになった。 「俺はお前が欲しい。体だけじゃ足りない、心も感情も視線の先も、全部だ」 「…黎一…」 ドアから背を離した黎一が、静かな靴音を立てて眞秀に近づいてきた。その眼差しの暗さに思わず椅子から立ち上がった眞秀は、気圧されるように後退ってしまう。 トンと背中に当たった壁に気を取られた一瞬、一気に間合いを詰めた黎一に壁際へ追いつめられた。 息を飲んで目の前の黎一を見つめると、大きく骨ばった右手に頬を覆われる。自分の血の気が失せているのか、やけに暖かく感じるそれに意識を向けていると…。 「……全てが手に入らないなら、全て………いらねぇよ」 吐息さえぶつかる距離で囁かれた言葉に、眞秀の頭の内が真っ白になった。 待ってくれと言おうとした眞秀だったが、その前に柔らかく押し当てられた唇に声を奪われる。 それは1秒にも…数分にも感じられる別離の口付け。 最後に軽く吸われ、ゆっくりと離れた唇が紡いだ言葉。 「……じゃあな、眞秀。これで終わりだ」 低く掠れた声でそう呟いた黎一は、茫然と壁に凭れる眞秀から視線を外した。 「ここにいたくなければ辞めてもいい、勿論続けてもいい。それはお前の好きにしろ。俺はもう何も言わない」 不機嫌でもなく、投げやりでもない。本当に黎一の内側から締め出されたことが伝わってくる平坦な声。 何も言えない眞秀を残して静かに部屋を出ていく黎一を、見つめる事しかできない。 閉じられたドアと、残された香水の匂い。 足の力が抜け、ずるりと壁を伝って床に座り込んだ眞秀は、ただただ茫然と閉まったドアを見つめ続けた。

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