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第33話
貴祥は、物だろうが人だろうが欲しいと思った事がない。特に、“人”は裏切る。自分の欲の為に平気で裏切る。そんなモノを欲しいと思うはずがない。
それなのに、気付けば眞秀に興味を持っている自分に気が付き、そして気付けば欲していた。自分だけを見てほしいと思った。
欲しい気持ちを抑えられない。近づけば欲しくなる。離れれば苦しくなる。欲しいものが手に入らない苦しさをどうしていいかわからない。
それでも、とにかく眞秀がほしくて仕方がない。
眞秀を目の前にした貴祥は、まるで途方に暮れる子供のように泣きたくなった。
「…どうすれば…眞秀さんは俺だけを見るようになるの」
「…貴祥さん」
「アンタが俺をこんな風にしたんだ…。責任とってくださいよ」
揺れる瞳で詰め寄られた眞秀は、困惑に黙り込んだ。
貴祥がこんな風に思っていたなんて想像もしてなかった。
普段の様子とは180度違う、どこか心細そうな…迷子になった子供がどうしていいかわからず立ち尽くしているような、そんな空気を醸し出している。
艶めいた貴祥の内側にこんな幼い部分があったのかと思うと、眞秀もどうしていいかわからなくなる。
だからと言って、貴祥の言葉を受け入れることはできない。
どうしたものかと黙っていると、不意に貴祥が身を屈めてきた。そして、それまでの空気があまりに戸惑いに満ちたものだったせいで、油断した。
「……ッ」
耳朶に触れる濡れた感触。唇で柔らかく食まれたとわかった瞬間、肌が粟立つと同時に咄嗟に貴祥の体を突き離す。
「なにを…っ」
覆いかぶさっていた体は起きたものの、貴祥の方がしっかりした体つきをしている事もあって、押しのける事はできなかった。
「美味しそうだから、食べたくなる」
そう言って小さく笑う貴祥は、既にいつもの婀娜めいた色に戻っている。
やはりこの男は危険だ。油断も隙もあったもんじゃない。
速度を上げた心拍数に大きく息を吐いた眞秀は、まるで酔いしれているように陶然とした眼差しで見下ろしてくる瞳を見上げた。
「貴祥さん」
「なに…」
「俺は、あなたに面倒見てもらうつもりも、家に住むつもりもありません」
「……なんで?」
「なんででも」
「イヤだ」
「イヤと言われても困る。……俺が悩んでいるのも行動が変なのも、全部自分自身でどうにかするしかない」
「………」
「だから、俺は貴祥さんに囲われるつもりはないです」
「じゃあ俺はどうしたらいいの」
「それも、自分で考えてください。……答えが出たら、その時はしっかり話を聞きますから」
自分の気持ちに振り回されているのは、眞秀も貴祥も同じだ。だから、しっかりと向き合わなきゃいけない、……自分自身と。
自分の気持ちがどういうもので、どうしたらいいのか。
わからないと言って逃げるのをやめて向き合えば、きっと進むべき道はみつかる。
眞秀は、軽く握った拳で貴祥の胸元をトンっと叩いた。
「貴祥さん」
「なんですか」
「俺とあなたは、なんとなく根本の部分で似ている気がする」
「…………」
眞秀の言葉に首を傾げた貴祥だったが、少し考えあと溜息混じりに「わかりました」と頷いた。
「……今日は少し暴走したみたいです。こういうのはやめます。だから、暇な時は少しくらい俺の事も相手して下さい」
「あぁ。暴走しなければ、いつでも」
揶揄混じりの眞秀の言葉に嬉しそうに目元を細めた貴祥は、そこでやっと手すりから両手を離し、眞秀を腕の囲いの中から解放した。
「ナンバー1がこんなに休息していいんですか?」
「さぁ?…誰も呼びに来ないんだから大丈夫でしょう」
柔らかく答えた貴祥は、それでも店に戻るつもりはあるようで…。眞秀の腕をそっと掴むと、引っ張るようにして裏口のドアへ向かって足を踏み出した。
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