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第35話

*―――*―――*―――* 昨日の開店前にクリスマスの飾り付けが全て完了し、店内はいつも以上に華やかな空気に覆われている。 当たり前だが事務室はいつものごとく無味乾燥としていて、それが逆に落ち着く。 24日と25日だけの特別メニューの告知デザインを考えていた眞秀は、ふと一昨日の事を思い出して眉を顰めた。 結局あれから美波は1時間もしないうちに帰ったようで、実に用があってもう一度カウンターへ赴いた時にはもうその姿はなかった。 『僕ね、黎一さんが大好きなの。二人がただの幼馴染というだけなら、邪魔しないでね』 もう友人という枠から外れてしまった眞秀に、いったい何ができるというのか。 会話さえままならないというのに…。 「眞秀さああああああああん!!」 考え込んでいて構えていなかっただけに、さすがに驚く。 勢いよく開いたドアにビクッと体を震わせて振り向いた先には、相も変わらず突撃入室をやめない蓮司の姿。 一昨日呼びに来た新人ホスト君までとは言わないが、いい加減まともに入ってきてほしい。 これは躾が必要だ…と口を開いた眞秀だったが、いきなり真顔になった蓮司が足早に近づいてきた事で、その勢いに思わず口を閉じた。 眞秀が使用しているデスクの脇にしゃがみこみ、デスクの上に顎をのっけて眞秀をじーっと見つめてくる。 茶化そうと思ったのに、眼差しがあまりに真剣でそれもできない。 「…蓮司?」 「……眞秀さん…、ちょっと痩せた?」 「ん?…いや、そんな事はないと思うけど」 「いえ、絶対痩せましたよ」 「そうかな…?」 確かに最近、食べることを忘れて食事が抜けてしまう事は多々あった。けれど、食べていないわけじゃない。目に見えて痩せる程ではないはずだ。 首を傾げて考える眞秀をひたすらじーっと見つめてくる蓮司は、割と整っている甘い顔を僅かにくしゃりと歪めた。それが泣き出す寸前のようにも見えて、少しだけ慌ててしまう。 「なに、どうした」 「眞秀さん、誰にも言わずに無理してそうだから心配です」 そう言いながらデスクから顔を離し、ふわりと片手を伸ばしくる。 骨ばった指が意外と男らしいな…なんて見ていたが、まさかその指先が柔らかい仕草で頬を撫でてくるとは思わず、びっくりして固まってしまった。 そういえば蓮司もホストだった…、と思い起こさせるくらいに優しい仕草。 そして固まる眞秀を見た蓮司もまた、自分のした事に気がついた瞬間凍りついたように固まった。 そのうちに、「う…」とか「あ…」とか変な呻き声を上げたかと思えば床に倒れ込み、両手で頭を抱えてジタバタしはじめる。 何がなんだか状況についていけない。 「れ、蓮司?」 「ぬぅぁぁああああっ!」 「すみません蓮司来てま…、お前何やってんの?」 またドアが開いたかと思えば、いつも蓮司を回収しにくる昂平が今日も物凄く良いタイミングで姿を現した。 面倒見が良いのか蓮司のお守りを押し付けられているだけなのか知らないが、傍から見ている分には微笑ましいコンビだと思う。…床でジタバタする蓮司を発見して眉が吊り上がる昂平の視線は冷たいけれど…、まぁ、微笑ましい…かな。 乾いた笑いを浮かべたまま見守っていると、案の定いつもの怒声が響き渡る。 「残念王子から残念ゴキブリにジョブチェンジかよ!ぁあ!?…って何おまえ鼻血出してんの!?残念な上に変態かよ!?」 「なっ…、ゴキブリはひどいっす! ちょっ…苦し…ッ」 問答無用で襟首をつかまれた蓮司は、そのまま引きずられて事務室を出て行ってしまった。 途中でドアの角に頭がぶつかっていたような気がするけれど、…まぁいいか…。 相変わらずの二人を苦笑いで見送った眞秀だったが、ドアが閉まり静寂が戻ると、先程蓮司が撫でてきたあたりを自分の指でそっと触れる。 「…痩せた…、か…」 なんとも思っていなかったのに、以前より肉が薄くなったように感じるのは、蓮司に言われたから?それとも本当に見てわかるほどなのだろうか…。 今まで何かに悩んだとしても、痩せた事などない。ここまで思い悩むこともなかった。 それなのに……。 身を投げ出すようにして座った椅子から聞こえたギシリという軋み音が、まるで自分の胸の内から響いてきたように感じて…、嘆息と共に自嘲ともいえる苦い笑みを浮かべた。

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