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第37話
*―――*―――*―――*
「眞秀さん、ウェイターお願いします」
呼ばれてカウンターへ行ってみれば、相も変わらず淡々としている実から、既にボトルやらタンブラーなどがセットされているトレーを示された。既に3セット用意されている。
12月の土曜日は、他の月よりもさらに客足が多い。ヘルプじゃなかっただけ良かったと思うしかない。
店内は見渡す限り満席で、プレイヤー達とお姫様の楽しそうな声があちらこちらから聞こえてくる。そして実の元には次々とオーダーが舞い込み、調理場の方にもフルーツの盛り合わせだのなんだのとオーダーが押し寄せている。
これは手際よく捌いていかないと、どこかで立ち行かなくなるレベルだ。
眞秀は、カウンターの上にセットされていくトレーの一つを腕に乗せ、実からの指示を仰ぎつつひたすらお運びに徹することにした。
そんな戦場化したフロアを尻目に、ここVIPルームはまるで別世界のような静寂を保っている。
ゆったりとソファーに座るのは、この店のオーナーである黎一と、その友人でもある一癖も二癖もある男。ダークスーツを一部の隙もなく着こなした厚みのある体躯に鋭い目付き。醸し出す独特の雰囲気から、この男が裏世界に身を置く者だと誰しもが気付くだろう。
「カウンターのところで実と話をしていた男が例の幼馴染か」
「………」
「一般では見ないレベルの色気のある男だな」
喉奥でククッと笑いを噛み殺す相手に、黎一はなんの反応も見せずブランデーを呷った。
男…――高柳 は、無表情に見える黎一が、その胸の内で焦げ付くほどの苦々しい感情を抱えているのを知っている。
恋情を通り越した執着と独占欲。
そんなに苦しむならば、強引にでも閉じ込めてさっさと自分のモノにしてしまえばいいのに。
望めばなんでも手に入るだろうこの男が、手をこまねいて二の足を踏んでいる様など滅多に見れるものではない。面白いといえば面白いが、この黎一にそんな想いをさせている相手にも興味をそそられる。
VIPルームに入る前、少しの間立ち止まってその人物を眺めてみたが、端正な顔立ちはもちろんの事、仕草や目線、全体的な雰囲気がそこはかとなく艶めいて見えた。
あれはノーマルの男でもふらりと惑わされてしまうだろう。無自覚なだけに性質が悪いともいえる。
自他ともに認めるモテ男が、無自覚の美人に翻弄されるなんざ、面白い以外の何物でもない。
高柳は、チョコレートを一つ摘まんで口に放り込むと、斜め向かいに座る黎一を見て苦笑混じりに嘆息した。
面白いとは思うが、友人でもあるこの男が本当に苦しんでいる姿を見ると、どうにかしてやりたいとも思う。
もう知り合って10年近くになるか…。
いつの間にかお互いに気の許せる友人となっていた。
立場上、損得無しに親しみを抱ける相手などそうそう出来はしない。それを思うと、この貴重な友人の想いを応援したくもなる。
「…何ニヤニヤしてんだ」
「お前の憔悴っぷりなんて滅多に見れるもんじゃねぇからな」
「誰が憔悴してるって?」
「なんだ、自覚なしか」
「………」
一見いつもと同じように泰然としている黎一だが、見る者が見ればわかる。ふとした拍子に垣間見える苦悩。
普段は持て余すほどに持っている余裕が、どこか揺らいでいる。
「酷い顔してるぞお前。自分の面 、鏡で見てこいよ」
「……うるせぇ」
顔色一つ変えずにブランデーを喉に流し込む黎一に、高柳はひとつ溜息を吐いた。
「……そんなにヤケになるくらいなら何故突き放した」
「………」
「強引に押せば手に入ったんじゃないのか?」
それは高柳の感だ。
たぶん、黎一が押して押して押しまくれば、例の幼馴染は受け入れたのではないだろうか。
これまでも時々話を聞いていた。黎一の『唯一』
他は遊びだと。割り切った奴としか遊ぶつもりはない、と。
『アイツ以外はいらない』
黎一は一寸のブレもなくそう言い切る。
それならば何故自ら手放したのか。
高柳がジッと見つめていると、黎一は手に持ったロックグラスをテーブルに置いた。
「……俺のモノになればそれでいいわけじゃねぇんだよ」
「………」
「あいつの心が追い付いてない状態で手に入れてなんになる」
「………黎一、お前…」
高柳は、いま初めて、黎一の想いを本当の意味で理解した事を知った。
好きなのは知っていた。知っていたが、その想いの深さを理解していなかった。
「……お前本気で…、」
このどこか歪んだ男が唯一望む相手。
恋人になればそれでいいわけじゃない。
望むのは、心からの“想い”。
きっとそれは、陳腐な言い方をすれば“愛している”という事なのだろう。
高柳の声に出さなかったその言葉がわかったのか、黎一はチラリと流し目を寄越したかと思えば、肯定するように微かな笑みを浮かべた。
それは、見てる高柳の方がもどかしくなるくらい透明で心憂いものだった。
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