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第42話

*―――*―――*―――* 「本当に目障りねぇ…。アイツがいる限り、この街で貴方の店がトップになる事はできないわよ?」 「わかってる!……お前の提案、もう根元さんに頼んであるから」 「あら、じゃあもう潜り込んでるの?」 「あぁ、根本さんの(イロ)が動いてくれてる。…そろそろ仕掛ける頃だろ」 「ふぅ~ん…。楽しみだわ」 休み明けの月曜日。 もう少しで店が閉店となる時間帯になって、眞秀がいる事務室に琉人が顔を出した。 「眞秀さん、ちょっといいかなー?」 ドアを開けて入ってきた琉人は、珍しくどこか気まずそうな表情を浮かべている。 「こんな時間に珍しい…。どうしたんですか」 ちょうどパソコンの電源を落としたところだった眞秀は、軽く伸びをして椅子から立ち上がった。 ゆっくり歩み寄ってきた琉人が眞秀のデスクの端に浅く腰を掛け、上目遣いで見つめてくる。 自ら来たものの、言い出しづらい事なのか逡巡する様子で小さく唸っている。マイペースに事を運ぶ彼にしては、本当に珍しい。 無理に聞き出すつもりはないまま何も言わずに待っていると、唇をキュッと引き結んだ琉人は意を決したように話し始めた。 「…あのさ…、俺は基本的に枕ってしないんだよね。っていうかうちのナンバー陣は誰一人として枕してないんだけどさ…」 「…はい」 思いもよらぬ内容に、一瞬眞秀の言葉が詰まった。 いきなり来たかと思えば、まさかの枕事情? どういう事かと凝視した眞秀に、琉人は小さく苦笑いをこぼした。 「んー…、この前話したエース客が今日来ててね、他の店にもいかずに俺だけに絞るから、……今夜抱いてくれって言われたんだー」 「………」 絶句した。 …いや…、こういう職業で枕営業なんて腐るほど聞く話だ。 べつに初心でもないしそれなりに経験もあるし貞操観念も高いわけではない眞秀だったが、何故か今だけは狼狽えてしまった。 琉人が複雑そうな顔をしているからかもしれない。 たぶん…したくないのだろう。けれど、このエース客がいるからこそナンバーにまで上がり、今後の地位も盤石なものとなる事は確か。 ホストを続けるつもりなら、決して逃してはならない客だ。 普段チャラチャラしてるように見えて、琉人の貞操観念は意外と固いのかもしれない。そうでなければ、こうまで微妙な表情を浮かべる事もないだろう。 眞秀には、背中を押す事もやめろと言う事もできない。 こんな時に言う言葉を、持ち合わせていない。 いま琉人がここに来たという事は、本当に悩んでいるのだろう事はわかる。それなのに何も言えない自分が、情けなくももどかしい。 「………琉人さん…」 名を呼ぶ声が頼りないものとなる。それに気付いたのか、琉人はハッと我に返ったように表情を改め、デスクから腰を下ろした。 「って事で、今夜は勝負をかけてきますよって宣言しに来たんだー」 「………」 「そんな顔しないでよ。…もしかして眞秀さん、俺が誰かを抱くのはイヤ?」 「…っ…そういう事じゃない!」 一度だけ頬をするりと撫でてきた指が、楽しそうな笑い声と共に離れていく。冗談めかした琉人はもういつもの調子に戻っていて、それが逆に眞秀の胸を軋ませた。 「…琉人さんがよく考えて出した答えなら、大丈夫ですよ」 正しいとか間違ってるとか、それが重要なわけじゃない。琉人がしっかりと考えて自分の中で答えを出す。誰かの意志じゃない、自分の意志で決める。それが大事なんだと思う。 その眞秀の気持ちを理解した琉人は、一瞬クシャリと泣き笑いのように顔を緩ませた。 「…ねぇ眞秀さん。キスしていい?」 「………ダメです」 「いいじゃん。頑張ってる俺にご褒美ってことでー」 一歩近づいた琉人との距離は、ほぼ無いに等しい。それでも眞秀は動こうとは思わなかった。 見つめてくる瞳の強さが、いつもの琉人とは違ったから。 「俺さー、こう見えて、本当に好きな人としかセックスしたくないんだよね。ホストやってる奴が言うなって感じだけど。………だから本当は眞秀さんを抱きたいけど、今はキスで我慢するから。…ね、いいでしょ?」 それは、好きだと言われたも同然のセリフだった。 軽い口調で言っている割に、甘くてほろ苦い表情を浮かべている琉人。 キスだけはどうか断らないで、と。その表情が訴えかけてくる。 いつもなら間違いなく拒否していた。でも、今の琉人を突き放していいのか…。すぐには答えが出せない。 勿論のこと琉人が待つはずもない。伸ばされた腕が眞秀の体を暖かく包み込み、一度だけギュッと抱きしめてくる。あまりに優しすぎる抱擁に、押し離そうという気にもなれない。 背丈の変わらない琉人が顔を傾け、どうする事も出来ない眞秀に唇を押し当てた。 そっと触れるだけの幼いキス。 暖かく柔らかな触れ合いが、真綿で包んだ気持ちを伝えてくる。 ……大切なのだと…。

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