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第45話

そんな二人を尻目に、高柳と根元のやり取りが進む。 「黎一の店に手を出すなんざ、いい度胸だな?根元」 「…どういう、事だ」 「コイツは俺が親しくしてる友人だ。そこに仕掛けるって事は、俺に対する宣戦布告として受け取るが?」 高柳の低い声が、迫力をもって周囲の空気を震わせる。 根元とは格の違う威圧に、先程まで眞秀を拘束していたチンピラは顔を引きつらせ、南条は畏怖の気に怖気づき俯いている。それでも、亜里沙が勝手なことをしないように抑えているのは少しだけ評価できるだろう。 「…高柳」 淡々とした声に名を呼ばれ、高柳はチラリと横目で黎一を見やる。 「このタイミングで何故アンタがここに来たのかは知らないが、俺は虎の威を借る狐は好きじゃねぇんだよ。まぁ助かったけどな」 途端に高柳の口から「ハッ」と短い笑い声がこぼれ落ちた。そして喉奥でクツクツと笑いはじめる。 「あぁ、悪かったな。俺は手を出さないから後はお前の好きにしろ」 一歩下がった高柳に「悪いな」一言そう返した黎一は、根本達を流し見た後、最後にその瞳を亜里沙に留めた。 「お前のモノにならなかった俺がそんなに憎いか」 無表情のまま淡々と問う黎一は、視線を逸らさず亜里沙だけをヒタと見据える。そこに一切の感情はなく、こうなってもやはり黎一の感情一つ翻弄することはできないのだと、亜里沙の顔がぐしゃりと歪んだ。 「…っ…憎いに決まってるじゃない!ホストなんかに本気になる事がどれほど馬鹿な事かなんて私にだってわかってたわ!それでもっ!それでも好きになっちゃったんだから仕方ないでしょ!?黎一にとって私なんてお金を落とすだけの存在でしかなかったってわかってる!でももしかしたら?って!もしかしたら私の事だけは本気で好きになってくれるかもしれないって!」 「………」 「でも、どれだけ迫っても貴方は私を拒絶した!挙句の果てにはホストを辞めて私の手が届かない場所へ行ってしまった!好きで好きで好きで!そして憎かった!なんで!どうして!?って」 途中から亜里沙は泣き叫んでいた。滂沱の涙を流しながら…、そして両手で顔を覆って泣き崩れる。 「……亜里沙…」 恋人である南条が、黎一に対する苛立ちや嫉妬や悔しさを滲ませながらも、亜里沙を抱えるようにして支える。 自分の恋人が、仕事でのライバルである黎一を好きだったと知らされてショックを受けていないはずはないのに、それでも今は何も言わずに亜里沙を支えている。きっと本当に大切に思っているのだろう。眞秀は、二人の様子を見てそう思った。 身近にそんな風に想ってくれる人がいるのだから、きっと彼女は立ち直れる。立ち直ってほしい。切にそう願う。 いきなり拘束されて黎一の枷となり、腸が煮えくり返る思いをさせられたけど、何故か彼女を恨む気持ちが起こらない。たぶんそれは、眞秀が恋というものがどれだけ苦しさをもたらす感情なのか知ったからかもしれない。 そんな事を考えてなんともいえない気持ちになっていると、離れた場所で根元が嫌味ったらしい溜息を吐き出した。 「…高柳さんが関わってんなら、これ以上何もできねぇな」 気に食わないとその顔に書いてあるものの、立場が上の高柳に喧嘩を売る事もできず引きさがる事しかできない。それは根元にとって、とてつもない屈辱のはず。 「おい南条!てめぇ後で話があるからな!」 そう吐き捨てるように言ってそそくさと店を出て行ってしまった。勿論のこと、根本の舎弟と晴夏、亜里沙とその肩を抱きよせている南条も居心地が悪そうに後を追う。 彼らが出て行った瞬間、黎一の体がグラリとよろめいた。 「黎一!」 慌てて支えた眞秀は、寄りかかる体が熱い事に気が付いた。 手ひどい暴行を受けた打撲による熱かもしれない。打撲くらいならいいが、もしかしたどこか骨が折れている可能性もありえる事を思うと、すぐにでも病院へ連れていきたい焦りが込み上げる。 「病院で診てもらおう」 眞秀がそう言うと、実が冷静な声で「夜間専門の病院を知っていますのでそこへ」頼もしく答えてくれる。 「俺タクシー止めてきます!!」 そんなはずはないのに、自分のせいだと思っているのかずっと蒼白な顔をしている琉人が、ハッと我に返ったように言って店を飛び出していった。 琉人はただ巻き込まれただけだと、そう言ってあげたいが、今はとにかく黎一の怪我を何とかしなくては。 手近にあるソファーに黎一を座らせようとしても、「いらねぇよ」そう言って眞秀に寄りかかったまま。耳元に触れる吐息にも熱を感じられて、それが辛さを伝えてくる。 宗親と貴祥は、荒らされた店内を片づけ始める。動じない彼らを見ていると、徐々に心が落ち着いてきた。 それと同時にやるせない気持ちが湧き起こる。 「黎一」 「……なに」 「こんな事二度と起きてほしくないけど、でももし万が一同じような事になって今回みたいに俺が捕まっても、絶対に、」 「無理だな」 「…っ…まだ最後まで言ってない」 「自分を見捨てろって言うんだろ?だから無理だって言ってんだよ」 眞秀たちのやりとりに、宗親と貴祥、そしてタクシーがつかまったのか外から戻ってきた琉人が動きを止めて意識を向けた。 「無理じゃない!俺のせいでお前がボロボロにされるなんて耐えられるわけないだろ!」 先程の光景を思い出す。 目の前で好きな相手が自分のせいで無抵抗で暴行を受ける。それを何もできずにただ見ているだけ。 あんな思いは二度としたくない。絶対に。 「黎一が、」 「見捨てられるわけないだろ。ムカつくくらいお前の事愛してんだぞこっちは」 眞秀の言葉を遮って告げられたセリフ。思わず絶句して固まった。 …愛してるって…、なんで…。 体を起こして眞秀の顔を覗き込む黎一の顔は、今まで見た事のないくらい優しいもので…。見つめてくる瞳が、眞秀が愛しいのだと…大切なのだと訴えてくる。 言葉にできない想いが胸の奥から突き上げ、奥歯を噛みしめた。 もう二度と黎一に近づくことは出来ないのだと思っていたのに、それなのに…。 「…まったく…、自分でも呆れる。俺ほどの純愛野郎なんていねぇだろ。お前のこと小学生のガキの頃からずっと好きだった。我慢できずに大学ん時襲っちまったけど、それでもすげぇ耐えてると思わねぇ?」 「小学生からって…お前…」 「お前が好きだ、眞秀。お前が他の奴に触られるだけでも腹が立つくらいにな。できれば部屋に閉じ込めてやりてぇのに、お前嫌がるだろ。だから手元に置くだけで我慢してんだ」 「…っ…黎一…」 「ただ…、我慢するのはもうやめる。…お前以外、何もいらねぇから」 目を瞠ったまま何も言えない眞秀にフと笑いをこぼした黎一は、痛む体を動かし、目の前にある細身の体を強く抱きしめた。 一方、やりとりを見ていた宗親はどこか楽し気に、貴祥は何を考えているかわからない無表情のまま。そして琉人はそっと視線を外す。 いつ出て行ったのか高柳の姿はなく、結局、実が眞秀と黎一に声をかけてタクシーで病院へ行くように指示するまで、誰も言葉を発する事はなかった。

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