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第47話

黎一のシャツを掴んでいた手を離すと、今度は逆にその手を黎一に掴まれた。そして鼻先がぶつかりそうになるくらい近くまで顔を寄せられる。 まるでキスをするかのような近さにある端正な顔に息を詰めた時。 「悪くねぇに決まってんだろ。…それより…、お前にキスマークつけたの誰だ。貴祥か」 その詰問の威力に眞秀が固まる。 …まさか、覚えていたのか…。 脳裏に浮かぶのは、宗親と過ごしてしまった一夜の事。酒に酔って記憶が無かったとはいえ、事実をなかったことにまではできない。 逡巡に2度ほど唇を開いては閉じるを繰り返した眞秀だったが、意を決して言葉を紡いだ。 「………違う。……宗親だ…」 「………へぇ…?」 一気に凍てつく空気。気に入らないとばかりに眇められる双眸が、眞秀を不機嫌に見つめてくる。 一瞬顔を強張らせた眞秀だったが、不意に思い出した光景に今度は苛立ちが湧き起こる。 「そっちこそ、美波さんとキスしてただろ」 「妬いてんのか」 「…っ…うるさい」 つかまれている手を振り解こうともがいたが、より一層強く掴みなおされてしまった。顔を背けようとした事が気に入らないのか、もう片方の手で顎先を掴まれる。 正面からヒタと合わせられた瞳があまりに真剣なもので、抵抗の意志が封じ込められる。 「眞秀。もう誰にも触らせんじゃねぇぞ。指一本でも許さねぇ」 「…黎一もな」 「わかってる。…ん…、眞秀、0時だ」 「…あぁ…そうか。今日はクリスマスイヴ…」 少しだけ顔を離した黎一が、時計を確認してふと目元を綻ばせた。 「プレゼントはお前だろ?」 「………黎一がそれでいいなら、いいけど」 「この怪我が治ったら覚悟しておけよ。俺じゃなきゃイけない体に躾けてやろうか。そうすれば、………お前はもう俺から離れられなくなる」 顎先を掴んでいた黎一の手が、するりと頬を撫でてきた。 物騒な言葉の割に、触れる指先はどこまでも優しい。 離れる気なんてないし。離れたくない。そして、離れてほしくない。 自分の中から拾い上げた、ようやく見つけた大切な想い。 眞秀は、奥底から込み上げてくるなんとも温かな気持ちに目元を緩めた。 「……そんなことしなくても、俺はもうお前から離れないよ」 それまでの揶揄じみた笑みを消し、目を瞠る黎一。彼にしては珍しい表情を視界に焼き付け、そっと瞳を閉じる。 コツンと額を合わせ、…どうかこの気持ちが伝わりますように…。 「……約束する。黎一とずっと一緒にいる」 違えるつもりがない、違えたくない“約束” 黎一となら、どんな約束でも出来る。そう思った。 ふと、黎一から何も反応がない事に気付いて目を開く。額を離すと、黎一が黙ったままひたすら眞秀を見つめている事がわかった。 そして、その表情に息を飲んだ。 黎一らしからぬ、嬉しさと愛しさを訴えてくる柔らかな甘い表情。 とろりと溶ける泣きたくなるほどの幸せな気持ちに、思わず右手を伸ばして目の前にある頬に触れた。熱を持ったその感触が、また愛おしい。 「黎一」 「……眞秀」 「ん?」 「愛してる。お前だけを。今までもこれからも、ずっと愛してる」 「…黎一…」 胸の奥から、熱くて尊い何かがぶわりと湧きあがった。言葉にする事も出来ない、全身が破裂してしまいそうな想い。 「俺も。愛してるよ、黎一」 黎一になら、自ら溺れよう。もう抜け出せない底なし沼でもいい。全てを明け渡そう。体も、心も、全部。 静かに身を寄せてくる黎一の綺麗な瞳が甘く笑みを描き、そして優しく包み込むようにそっと眞秀に口付けた。それはまるで誓いのように。 *―――*―――*―――* 「くっ…」 人の顔を見て呻きながら鼻を押さえるんじゃないよ蓮司。 クリスマス当日。 今日もウェイター業に専念してくれという実に従って、眞秀の姿は現役プレイヤー達にも引けを取らない美青年っぷりを発揮していた。 それを真正面から見てしまった蓮司が、呻き声を上げて早々に走り去る。 途中で昂平からティッシュボックスを投げつけられていたのを見て、周囲のプレイヤー達が生温い視線を送っている。 いつもと変わらぬ様子と和やかな雰囲気。 開店前の気の抜けた店内の雰囲気に、眞秀は緩やかに笑みを浮かべた。 まだ少し気落ちしている様子を窺わせる琉人は、それでも眞秀にするセクハラは健在で、先程目の前を通り過ぎる際に軽やかに慣れた仕草でこめかみにキスをしてきた。 きっとすぐにいつもの琉人に戻るだろう。 そして驚いたのは宗親だ。 不意に眞秀に近づいてきたかと思えば、身を屈めて耳元に唇を寄せ、 「あの時、俺はあんたを抱いてない。安心しろ」 低い声でそんな事を告げたのだから。 驚きに茫然と宗親の顔を見つめる眞秀を、面白そうに…そして慈しむ眼差しで見下ろしてくる。 どこかくすぐったいその瞳が恥かしくて瞳をうろつかせていると、視界の端に貴祥の姿が入り込んできた。 宗親と眞秀の近い距離を見て、気に入らなそうに双眸を眇めている。 ムッとしたその貴祥の顔に気付いたのか、宗親が喉奥で笑いを噛み殺した。 「あいつも表情に出るようになったな」 言われて気が付いたけれど、前はもっと能面のような無表情だった気がする。 感情を露わにするようになった貴祥は、以前とは違う艶やかさが加わり、なおさら魅力的になったようだ。 彼を宥める為か揶揄る為か…、そんな貴祥に宗親が歩み寄り何かを話しかけている。 貴祥の顔がもっと不機嫌そうになったという事は、後者の可能性が高い。 眞秀は、そっと柔らかく息を吐き出した。 何気ないいつものやりとりが、こんなにも尊い。 まだここに来て二か月半しか経っていないけれど、この店が…この場所が、とても愛しいものになっていると感じた。 あんな事があったのに、入ってきたばかりの新人はともかく、黎一とこの店に惚れこんで働いている中堅以上のプレイヤー達は誰一人として辞める者はいなかった。 その気持ちがよくわかる。 最初は黎一に引きずられて意味の分からぬまま働き始めた眞秀だけど、今ではこの店を大切に思っている自分がいる。 そして開店前のミーティングが始まった。 「改めて言うが、コイツは俺のモノだからお前ら手ぇ出すんじゃねぇぞ」 「えー、オーナーずるい~!」 「俺は諦めてないんで、相手がオーナーでも遠慮なくいきますから」 文句を言う琉人と、淡々と宣戦布告する貴祥。宗親は、眞秀を意味ありげにチラリと見て笑みを浮かべるだけ。 黎一もそれを挑戦的な笑みで迎えうつ。何故かとても楽しそうだ。 「今夜が何の日かわかってるな?お前ら気合い入れていけよ」 「「はい!」」 Lumiereは本日も各種イケメンを取り揃えてお姫様のお越しをお待ちしております。 どうか貴女がUne seule lumiere(たった一つの光)と出会えることを願って…。 ―END―

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