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夫婦

疲れて眠る白の目尻を、文汰は優しい手つきで触れる。起こさないように、でも白が泣いた証が消えるように。自分のいないところで流した涙の証など、見たくもなかった。 「村田に聞いたぞ、白」 万里が来て出ていけと言われても、白は出ていかなかった。逃げられると思っていた。泣きながら、この家を出ると思っていた。そう白に行動させるほど、万里の影響力は大きいと思っていたのに。 それでも白は、文汰を選んだ。文汰がいいと言ったから、ここにいることを選んだ。 それが何よりも嬉しくて。 「しろ」 文汰の瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。しかし、それ以上涙が零れ落ちることはなく。ゆっくりと目を開けた白は、文汰が泣いたことなど気づいていない。 「あや、た」 「おはよう、白。あの人に打たれた頬は大丈夫か?」 「ほっぺ………?ん、だいじょーぶ。村田さんが、ひやしてくれた」 「そうか」 白が目を覚ましたので、触れている文汰の指の動きが大胆になる。目尻を触っていた指が、ゆっくりと首元の方に向かって滑り落ちていく。 その感覚がくすぐったいのか、白は身をよじりながら笑っていた。 「文汰、くすぐったい!」 「くすぐったくしてるんだよ」 「んっ、俺、ねおきなのっ」 「寝起きでも、俺が触れない理由にはなんねーな」 でも、これ以上触って白が拗ねるのも嫌なので、触れない代わりに白を起き上がらせる。枕で背もたれを作ってやり、ベッドの上に白が座れる状態を作る。 「ありがと、文汰」 「気にするな。それよりも、会見見てたんだよな」 「…………ん、見てた。文汰が、俺を選んでくれたのをちゃんと見てたよ」 「ん。俺も、村田からお前がここにいることを選んだのを聞いた」 「うん。文汰がここにいていいって言ってくれたから。文汰のそばにいたかったから」 そう言った白の瞳から、ポロポロと宝石のような涙が零れ落ちてきた。その零れ落ちる涙を、文汰が舐めとる。涙だからしょっぱいはずなのに、白の涙は甘く感じた。 「――――――ありがとう、白。俺を選んでくれて」 「文汰も。ありがと、」 白が笑う。白の笑みにつられるようにして、文汰も笑った。そして懐から、ここに帰りつく前に取りに行っていたリングケースを取り出す。 リングケースの中には、2つ指輪が入っていて。その内の小さい方を取り出した。 「前から用意はしていたんだが、やっとできたからな。受け取ってくれるか?」 「………結婚指輪?この前テレビで見たよ」 「そうだ。俺の分もあるから、白が嵌めてくれるか?」 「いいけど、神父さんは?テレビでは、神父さんに言われて指輪を嵌めてたよ」 「それは今度やるからいいんだよ。今からのは、その時の予行練習だ」 そう言ってから、白の左手の薬指に指輪を嵌めた。そしてもう片方を取ると、それを白に渡す。 「じゃあ、白も嵌めてくれるか?」 「うん!」 さっき文汰がやったように、白も真似をして指輪を嵌める。 対になる指輪を嵌めて笑いあった時、文汰と白は初めて本当の夫婦になった。

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