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第5話
昼食の時間になり、琳太朗はずるっと勢いよくひやむぎをすする。
おいし、と顔を綻ばせるとどんどん箸を進めていった。
「山葵効かせるのもなかなか。琳太朗好きじゃなかったっけ?」
「うーん……まぁ、そうだけど」
口ごもる琳太朗に、真郷は首をかしげる。
確か外国のスパイスはダメだったが薬味なら大丈夫だったはず、と真郷は思い返していた。
琳太朗は軽く唇をかんだ後、おずおずと話し出す。
「前までは、好き……だった。こうなってからも、一回食べたけど。でも、その時、痛いだけで……香りが、しなくて」
ごめん、と付け足した琳太朗は、静かに箸を置いた。
「お互い様。俺も気づかなくてごめん」
「今度から、言うから」
眉間にしわを寄せた琳太朗は、申し訳なさそうな顔を下げる。
琳太朗はあまりにも敏感になっていた。
人に迷惑をかけること、自分の不調を伝えなければならないこと。
些細なことであっても、その積み重ねが大きくなって琳太朗にのしかかってしまう。
「前に食べたの、いつ?」
「半年前くらい」
「……今さ、食べてみない?」
自分でも何を言っているのだ、と。
真郷は唐突に提案をした自分に少し驚いていた。
外の匂いを感じた琳太朗は、以前と変わっているかもしれない。
淡い期待を持ち、真郷は琳太朗を見つめた。
「よく見えないから、真郷が混ぜて」
やや緊張した面持ちで、琳太朗は真郷に器を差し出した。
それを受け取り、真郷は小皿に盛ってある山葵をつゆに混ぜた。
そしてひやむぎを一箸取り、琳太朗の口元へと運ぶ。
いただきます、と琳太朗は恐る恐るそれをすすった。
長い咀嚼の後に、琳太朗は真郷を見つめた。
「……美味しいね、真郷」
にこりと笑うそれは、嘘には見えない。
「良かった、本当に……よかった」
なぜか目頭が熱くなり、真郷は俯く。
琳太朗に情けない顔を見られなくてよかった、と内心思っていた。
また、琳太朗自身も自分の変化に心を震わせていた。
少しずつ取り戻せていけるかもしれない、そんな希望が見え始めたのだ。
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