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第10話
「うん、美味い」
食事を始めた二人と、台所で明日の仕込みをする瀧川。
独り言のように呟かれた真郷の言葉は、料理の音が響くだけの空間にはよく響いた。
「本当?」
「あぁ。野菜は程よく甘いし、崩れすぎてないし」
微笑みを浮かべた真郷は、琳太朗の目を見てはっきりと言う。
それを受けた琳太朗は、肩をすくめて唇を噛んだ。
また頬が、赤みを帯びる。
「やっぱり俺、前よりご飯が美味しいかも」
琳太朗も穏やかに、喜びを噛み締めた。
前よりも味が分かるから、匂いが分かるから。
だからもっと、と欲が出てしまう。
*
「片付けは私が致します。お二人はお休みください」
瀧川は二人の皿を流しに持って行き、言うとすぐに洗い始めてしまった。
休んでいてくれ、と言われたので今日は二人で風呂に入る。
もう琳太朗一人でも慣れてはいるが、仕事の前の日は二人で入ると決めていたのだ。
真郷は琳太朗の黒い髪を丁寧に洗う。
琳太朗はされるがまま、気持ち良さそうに目を閉じていた。
「かゆいところはないですかー」
「大丈夫でーす」
軽いやりとりにお互い笑いつつ、真郷はシャワーを優しくかける。
続けて真郷は琳太朗の体を洗い始めた。
背に残る傷は、もう痛むことはないけれど。
生々しく存在感を主張し続けるそれは、二人の心に淀んだ雫を落とし続ける。
忘れようとも、受け入れようとも、苦い記憶に変わりはない。
「ありがとうね、真郷」
「いーえ。流したら先に上がってな」
「……俺は、お返ししちゃダメ?」
距離が近ければ、まだちゃんと見える。
湯船に浸からない時期になると、琳太朗は先に上がるよう言われてしまう。
もう少し、一緒にいたいのに……と。
その気持ちだけで、琳太朗は言葉を発してしまう。
「頭だけな。ほら、こっち座って」
二つ並んだ椅子の後ろの方へ導きながら、真郷は前の方に座る。
鏡が曇っているおかげで、顔がよく見えなくて良かった。
真郷はそう思いながら、琳太朗に頭を預けた。
「はーい、じゃあ洗いますね」
ゆっくりでも、優しく手を動かす琳太朗。
広い背中に少し硬い髪の毛。
見慣れない景色に、琳太朗の胸はきゅんと音をたてた。
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