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第20話
琳太朗がぼうっと水平線を眺めていると、ぱっと視界が暗くなる。
頭に被さったものを取ると、真郷がにんまりと笑っていた。
「ほら、ちゃんと拭けよ」
真郷は琳太朗の隣に座り、ガシャガシャと頭を拭く。
ありがとうと言った後、琳太朗はタオルを被ってまた遠くを見つめた。
潮風の匂いは感じ取れる。
でも、少し離れれば波の音は微かにしか聞こえないし、空と海の境目がぼやけて分からない。
取り戻したものはあるけれど、落としたものをありありと目の前に突きつけられている。
琳太朗がぎゅっとタオルの端を握ると、真郷のはーっと深い息を吐く。
するとすぐに、琳太朗の頭を少し乱暴に拭き始めた。
「ちゃんと拭けって言っただろ。風邪引いても知らないぞ?」
「……ごめん」
大人しくされるがままになっている琳太朗に、真郷は唇を噛む。
「……どうしたんだ、琳太朗」
「うん……ちょっと。欲張りになっちゃったみたい」
琳太朗が“欲張り”と言う気持ちは、至極当たり前のことで。
ただその焦燥感は、本人にとって決して良いものにはならない。
琳太朗が望む元通りになるには、時間がかかる。
「風の匂いは分かるんだ、でも……水平線が滲むし、波の音が遠くて」
望むにはまだ、琳太朗自身分かっている。
それでも、希望が見えたからこその気持ちが溢れる。
「……今は十分、だろ。今日の景色を覚えてさ、また今度来た時に、どう変わって見えるかを楽しみにしようよ」
真郷は、そう言うしかなかった。
もっと上手い言葉はないのか、と情けなく思う真郷の隣で、琳太朗は目を見張る。
“今”しか見えていない琳太朗にとって、“これから”に期待をするなんて考えは浮かばなくて。
また明日は、違う景色かもしれない。
そんな小さな希望なら、持って生きていける気がした。
「……そうする」
琳太朗はそう言って、真郷の肩に頭を預ける。
目の前の景色が、先程より煌めいて見えた。
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