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第29話
その日を境に、琳太朗が父からの辱めを受けた後、真郷が部屋にきて手当てをするようになった。
意識があってもなくても、毎回それは丁寧に施されていて。
「……なんで毎日来るの」
「お前は放っておくから、傷が酷くなるだろ。それに、父さんに人に知られていることに気付いてもらいたいしな」
面と向かって言っても父親がしらを切ると知っているから、真郷は言葉にはしない。
誰がやったか分からない治療の後が、父親を不安にさせるのではないか。
真郷のかすかな抵抗だった。
(あの人はもう、気付いてるよ……)
そう言えぬまま、琳太朗は真郷に小さく笑みを向けた。
父親は真郷が手当てを知っていて、その上琳太朗にさらに脅しをかける。
真郷は自分から知ったようだけれど、口止めは絶対だ、と。
真郷の口から外部に漏れた場合でも、琳太朗の母親が危ない。
「真郷、ごめん……このことは」
「言わないよ」
毎回のように誰にも言わないでと懇願する琳太朗を見て、真郷は痛々しそうに眉を下げる。
「……でも、琳太朗」
いつもはすぐに部屋を出る真郷だったが、その日は違った。
ベッドに座る琳太朗の目を、真郷はまっすぐ見つめる。
「もしどうしても逃げたくなったら、俺に言えよ。全部捨てて、一緒に逃げるから」
「なに、それ。真郷に迷惑かかるじゃん」
「迷惑じゃないから言ってる。俺は、琳太朗のことを背負って生きる覚悟はしてる」
「……どうしてそこまで出来るんだよ」
琳太朗がそう聞くと、真郷はなにも答えずにそっと笑って琳太朗の頬を撫でた。
そして、そのまま部屋を出て言ってしまう。
引き止めようとした言葉は、琳太朗の喉に詰まったまま。
(あんな顔されたら、あれ以上言えないよ……)
我慢するように唇を噛んで、切り替えたら笑って。
真郷の気持ちの理由が分からないまま頼ってしまうのは、少し不安だった。
それでも真郷の言葉に安心していたのは、少しずつまた暖かな心を取り戻してきたから。
今までは一人で耐えていた日常の中に、また真郷が現れて。
表に出る言葉や態度では遠慮していても、琳太朗の心は安心できる場所が出来たことを喜んでいた。
いつでも張り詰めていた心身が、真郷の前では解けていく。
自覚のないまま、琳太朗は小さく光り出した希望に手を伸ばし始めたいた。
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