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第30話

窓のない部屋で過ごして数年。 気付けば中学を卒業する年を越しても、琳太朗は変わらない日々を繰り返してきた。 真郷と父親以外の顔を見なくなり、母とはもう何年会っていないだろうかとぼーっと考えを巡らせる。 母親は、琳太朗と会うことをきつく止められていた。 既に遅いとも知らずに、「手を出されたくなかったら会うのをやめろと」言われ続けていたのだ。 息子がどんな状況かも知らされないまま、母親は父親に従うしかなかった。 その状況を、琳太朗は知らない。 “自分が大人しくしている限り母は安全だ”と信じて疑わなかった。 高校生になった真郷は、急に背が伸びた。 体つきも以前よりしっかりとし始め、顔も大人びてきている。 琳太朗は未だ幼さを残し、細い体のままゆっくりと成長していた。 * 「琳太朗、晩飯だぞ」 いつもはノックで知らされる食事。 その日は真郷が声をかけ、部屋に入ってきた。 「今日ら父さんが仕事で帰ってこないからさ。二人で食おう?」 「いいの? もし、帰ってきたら」 「大丈夫、母さんも一緒に遅いらしいから」 母親を連れて他の社長との会食の日なのだと真郷が言う。 琳太朗はほっと息を吐き、体の力を抜いた。 「久しぶりだな、家で一緒に夕飯なんて」 琳太朗が家で誰かと食事をするのは、10年ぶりになる。 入学式の後に兄弟と食べた日が最後だった。 「あ、そうだ。郷留兄さんは?」 「4年だから卒論とか色々追われてるみたい。寮にこもりっぱなしだってさ」 「寮、卒論……そっか。もうそんな歳なんだ」 郷留は大学に進学し、父親の会社に入るための勉強を続けているらしい。 琳太朗の中の郷留は、中学生のままで止まっているのに。 「来年からは実家に戻ってくるってさ。父さんの会社に入るのも決まったみたいだし」 「そうなんだ」 「……なぁ琳太朗。瀧川さんとか、兄さんとか……信用出来る人には、話しちゃダメか?」 真郷のその言葉に、琳太朗の体がすうっと冷えていく。 その二人が信用出来ることは、琳太朗にも分かる。 でも、それが父親にバレたら? 信用していた人から軽蔑されたら? 「っ、こわい……」 否定の言葉より先に、恐怖が這い上がってくる。 自分の置かれている状況が異常だと、最近になって思い直し始めてしまった所為だった。 真郷のおかげでまた人らしい気持ちを持ったことが幸せなのか、確信が持てなかった。

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