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第33話
以前よりも暴力的な行為が増え、体力は底を尽きたまま回復しない日々が続いた。
置かれていた食事もいつしか手をつけられなくなって、たまに手を伸ばしても味がしない。
考えようと思っても、バラバラでまとまらないから気持ち悪くなって。
何もかも全部、分からなくなってしまえばいいと思った。
何も出来なくなれば、苦しくないと思った。
声が聞こえなければ嫌な言葉を聞かなくてもいい。
鼻に付く臭いが無くなれば吐きそうになることもない。
顔が見えなければ恐怖を感じなくて済む。
でも、自分を抱き締める手の暖かさだけは忘れたくなかった。
真郷に撫でてもらった優しい手の感覚を思い出して、自分の頭を撫でていた。
ガランとした頭の中に残っていたのは、真郷のことだけ。
真郷は約束を守ってくれるから、と。
*
父親に散々使われて放置されていた、ある夜。
ずっしりと重い体をベッドに沈め、ぼやけて色のない月の明かりを眺めていた時だった。
かすかに人の気配がして、父親が戻ってきたのかと身を固くする。
気配は近くなるけれど、打たれる様子がない。
やってきたのは、優しく肩に触れる手。
「誰?」
振り返っても、部屋の中は暗い。
何も見えない暗闇の中に、誰かがいる。
その人は琳太朗を抱き起こし、後ろから抱きしめた。
耳に息がかかるけれど、何か話しているのだろうか。
くすぐったさに琳太朗が身をよじると、その人は琳太朗の右手をとる。
そして、その手のひらにゆっくりと指を滑らせた。
“まさと”
「……真郷?」
そう書かれた気がして、琳太朗が聞き返す。
するとぎゅっと琳太朗を抱き締める手に力が入った。
“むかえにきたよ”
琳太朗の肩に、温もりが落ちてくる。
髪のザラザラとした感触があり、きっと顔を埋めているのだろう、と。
そして、優しく頭を撫でるその手には覚えがあった。
「約束、守ってくれたんだ……」
そう言うと、琳太朗の目から勝手に涙が滑り落ちる。
ずっと夢見てた時が、やっと来た。
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