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第46話

「ぶつかって、こけちゃった」 「そっか……怪我は? 痛むところとか」 「ない。大丈夫だよ」 ほっと一息つき、真郷はあやすように琳太朗の背を叩く。 強くしがみつく琳太朗の体は、少しずつ震えを小さくしていった。 伝った涙ももう乾き、跡になっている。 「奥まで来ちゃったけど、帰りながら眺めて行けそうだな」 「うん。すごいね、ここから先もずっと続いてる」 まだ奥に広がっているイルミネーションを目で追う。 向こうには大通りがあり、車が行き交っている。 少し進めば、知らない場所。 まだまだ自分の世界は狭いと、琳太朗は痛感した。 真郷は琳太朗から体を離し、顔を覗き込む。 琳太朗の赤くなった鼻をつんとつつき、笑顔になったのを確認した。 「立てそうか? 冷えるから帰ろう。ケーキも待ってるしさ」 その問いに笑いかけ、琳太朗は立ち上がる。 真郷が手を差し出すと、一瞬迷うように視線を動かした後、琳太朗は腕を絡めた。 「……はぐれたくないから……」 かぁっと頬を染めた琳太朗に、思わず可愛いと漏らしてしまう真郷。 何か言いたげに琳太朗は口をもごもごさせるけれど、マフラーに口元を埋め顔を隠した。 些細な仕草が可愛らしくて、どれほど愛でたらいいのか分からない。 真郷は恋人を守るように、体を寄せた。 そうして人並みの脇をすり抜け、二人は家路につく。 * 真郷が鍵を開けて家に入ると、二人揃って「ただいま」と口にする。 それからリビングに行き、電気をつけると琳太朗はパチパチと瞬きをする。 それからぎゅっと目を強く瞑り、目頭を押さえた。 恐る恐る目を開いた後、きょろきょろと視線を動かす。 真郷が琳太朗を呼ぶと、二人の目がぱちりと合う。 「……顔、よく見える」 「え?」 「外暗いから、確信なかったんだけどね。真郷が見つけてくれたとき、遠くから走ってくるのはっきり見えたんだ」 琳太朗は真郷の顔を両手で包み、黒目に映る自分の顔を見つめる。 しばらく見ていなかった自分の顔が、そこにあった。 「その後から、視界がクリアになった気がして……そっかぁ、気の所為じゃない」 きっと、真郷を見つけたくて必死だったんだろう。 琳太朗は自分の変化の理由が分かる気がした。 琳太朗が見つめていた瞳に、涙が溢れてくる。 ぽろっと頬に溢れた涙を、琳太朗は親指で拭いた。 流れる涙を拭うのは、いつも真郷の方なのに。 「泣かないで。泣き顔見ちゃうよ」 「……琳太朗になら、いい」 目元を擦る真郷の手を止めて、琳太朗は頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 泣き顔なんて、人に見せたいものではないけれど。 琳太朗にならいいと、そう言ってくれた真郷を愛おしく思う。 久しぶりに真正面からしっかりと見る顔が泣き顔か、と。 琳太朗は笑いながら真郷が泣き止むまで撫で続けていた。

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