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第47話

――… 『真郷も琳太朗も、元気にしているかい?』 久し振りに聞いた兄、郷留の声に真郷はホッと息をついた。 自室で明日の講義の準備をしていた真郷のスマートフォンに電話がかかってきたのだ。 相変わらず柔らかな響きをもつ郷留の話し方。 ろくに挨拶もせずに離れてしまった兄……結婚すると言う報告を聞いたのは、いつだっただろうか。 「郷留兄さん……」 蚊の鳴くような声で真郷が返すと、郷留は少し沈んだ声で「突然かけてごめんな」と告げた。 確かに驚きはしたが、憤りや不満はない。 むしろ、何も告げずにいなくなった自分たち二人を気に掛けてくれているのが申し訳ないくらいだ。 「ううん……いや、あの。俺らは元気にやってるよ」 『そうか、良かった』 「ごめんな、兄さん。ずっと顔も見せずにいて」 『……俺の方も、申し訳なかった』 郷留の声色は、その謝罪の意味をしっかりと真郷に伝えた。 真郷はもちろん、琳太朗のことも大切にしていた郷留。 父の理不尽な兄弟の扱いに口を出しても押さえつけられ、“長男”として引き下がらざるを得なかった。 大学から帰ると弟二人は家を出て、実家に寄り付かない。 その状況に郷留が心を痛めない訳がなかった。 「いいんだよ。結果として今、俺らは平穏に暮らせているから」 『それならいい。ただ……いつか、会いたいとは思っているよ』 それだけでいいから、と郷留は努めて優しく話す。 その言葉は紛れもない本心で、ずっと伝えたかったことだった。 郷留の記憶の中にいる二人は、小学生あたりで止まっている。 大人になった弟たちの姿を、一目だけでもいいから見たい。 二人できちんと立てているのだと分かれば、それで安心出来るから。 「……年明け、確か時間あるよね」 『あぁ、休みは長くあるけど』 「俺らは家に行けないけど、兄さんが来てくれるなら」 真郷のその言葉に郷留は息を飲む。 その息遣いを聞いた真郷は、一呼吸置いてから話し始めた。 「琳太朗には話しておく。日にちは……また今度、電話してもいい?」 弟らしい幼げな問いかけに、郷留は笑みをこぼしながら返した。 「いいよ。会えるの、楽しみにしているから」 じゃあ、と言って通話を切る郷留。 遠くに聞こえる電子音を聞きながら、真郷はドキドキと強く打つ胸を押さえた。 両親には会いたくない……けれど、郷留には会いたかった。 あの家で優しい思い出が残っているのは、真郷にとっては郷留だけ。 琳太朗や瀧川に見せるものとは違う面を見せられる郷留を、心のどこかでずっと待っていたのかもしれない。

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