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第55話

*__…… 郷留の訪問から早数週間。 あれから真郷の仕事が始まり、またいつも通りの日常が動き出していた。 琳太朗の活動意欲もかなり増してきて、一人で真郷の出迎えのために丘の下まで歩くこともあった。 未だに人とすれ違うときには緊張してしまうが、それでも目的のためならと気持ちを奮い立たせていた。 それから、変わったことと言えばもう一つ。 「おはよう、琳太朗」 「あ、おはよ」 朝食の支度をしていた琳太朗は、隣に来た真郷に触れるだけのキスをする。 以前は真郷から触れることが多かったのだが、今では琳太朗からも接触を求めるようになった。 何かをするときには肩を寄せ合って、雰囲気を感じ取って深く口づけをして。 少しずつ身体を重ねるための段階を踏み始めていた。 恋人なのだから、いつかは。 そう思っていたのは、琳太朗の方だった。 数年前までは父親に無理に開かされていた身体。 その行為に恐怖心がないと言えば嘘になる。 それでも、他の誰でもない真郷のためならば身を委ねられる。 真郷に自分を受け入れてもらえるよう、琳太朗は素直に触れ合いを求めるようになったのだ。 「真郷、今週は夕飯どうなりそう?」 「一応家で食べられるよう用意しておいて。受験前だから遅くなるかもしれないけど……」 「分かった。瀧川さんにもそう伝えておく」 微笑みを絶やさず答える琳太朗の頭を撫でながら、真郷は「ありがとな」と返す。 琳太朗の体調が回復してから頻度は少し落ちていたが、未だに瀧川にはかなり世話になっている。 食材の買い出しだったり、琳太朗に家事を教えたり。 琳太朗と瀧川の二人で、春になったら大々的に庭の手入れをすると約束していた。 心なしか以前よりも溌剌としてきた瀧川に、真郷は微笑ましさを感じていた。 「じゃあ行ってきます」 「いってらっしゃい、気をつけて」 琳太朗はぎゅっと真郷を抱きしめてから、背中を叩いて見送った。 今日もまた、日常が始まっていく。

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