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第58話

なんだこれ、と琳太朗はあたふたしている間に画面が暗くなってしまった。 琳太朗は付け方が分からず、溜め息をついてスマートフォンを膝に置いた。 ちらり、と上目遣いに周りを見渡すと、先程まで忘れていた人混みが見える。 ぐにゃりと視界が歪む感覚がして、思わず目頭を押さえた。 見なきゃ良かったと思いながら、琳太朗は天井を仰いで背もたれに体重をかけた。 これなら見なくて済むか、と無意識に詰めていた息を吐いた時、不意に甲高い声が近づいてくる。 「あのー、おニイさん今一人ですか?」 ぱっと反射的に身体を起こして、琳太朗は声の主を見る。 しっかりと化粧をした目立つ顔立ちの女性が二人。 じーっと琳太朗を見つめる瞳に、琳太朗は身を硬くする。 「もし暇だったら少しお話しでもと思って」 「あ……ご、ごめんなさい。あの、人と、来てて」 「彼女さんですか? もしお友達ならその人も……」 女性が話す声が少しずつ遠ざかり、ノイズが混じる。 端から白んでいく視界に琳太朗は嫌な予感がして、ぎゅっと身体を丸めた。 知らない人というだけでも琳太朗にとっては緊張する対象だが、さらに向こうは琳太朗と距離を縮めようとする圧が感じられる。 琳太朗のキャパを超える状況と、ただでさえ万全とは言えない体調。 こんな簡単に自分は折れるものだったか、と琳太朗は自分の脆さを感じざるを得なかった。 「ちょっとおニイさん?大丈夫ですか!?」 女性の方も琳太朗の様子がおかしいと感じ、心配するように声をかける。 しかしその声さえも頭に響き、琳太朗はただかたかたと震える自分の身体を抱くことしか出来なかった。 目を閉じているのか開けているのか分からないが、琳太朗の目の前は真っ暗になっていた。 耳鳴りの間に水中で話しているかのような声が聞こえ、頭の中が揺さぶられる。 ただ今は、真郷の温もりが欲しかった。 他の誰でもない真郷を望んでいた……それなのに。 「ねぇ、聞こえてますか?」 力強く無遠慮に琳太朗の肩を引いたのは、真郷の手ではなかった。 ひぅ、と琳太朗は喉を鳴らしてその手を振り払った。 その勢いのままベンチから落ちてしまい、地べたに這いつくばったまま浅い呼吸を繰り返す。 朧げに聞こえる声は怒気を帯びているようで、昔父に向けられたものと重なって聞こえた。 腹の中から這い上がってくる不快なもの。 今にも口から溢れてしまいそうで、でも、出したくなくて。 必死に口元を押さえる琳太朗の目からは、ボロボロと涙が溢れていた。

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