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第1章 ある男の意見1
今でも、【亡霊】が何者だったのか、よくわからない。
単純に考えれば、この世に未練を残した祖先の霊だろう。あるいは、魂の番と結ばれなかった祖先の妄執ともいえる願いが遺伝子に染み付き、「俺」という肉の器を媒介にして出現したのかもしれない。はたまた、強さを求めているうちにできた別人格だった線も、否定できない。
最初は、俺の身体に取り憑 くことでしか現実世界に干渉できなかった【亡霊】が、俺の肉体を離れて実体を持った。俺とは異なる別個の人間として、己の人生を歩もうと画策し、【彼】のための戸籍や父母ができ、その姿は過去の写真にまで写るようになった。【あいつ】が力を増せば増すほど、現実が夢となり、夢が現実となる。奇妙奇天烈な異常事態が発生した。
だが、明けない夜はない。
【亡霊】の悪しき野望は打ち砕かれ、長い悪夢は終わりを告げた。
徐々に「あの世」と「この世」、「現実」と「夢想」という形で、線が引かれ始めている。
まだ三十そこそこの年齢だが、数えきれないほどのものを失った。
もしも俺が、魂の番である日向 と出会っていなければ、【亡霊】も目覚めることはなかっただろうし、多くのものを失わずに済んだのかもしれない。
それでも彼と出会い、同じ時間を過ごせたことや、短い時間とはいえ愛し合えたことを、後悔していないのだ。
*
見つけた。
あいつの笑顔を見て思った。
まだバース性が発現する歳でもないのに、アルファの本能は運命のオメガとの出会いを歓喜した。
まるで――空に太陽も、月も、星も出ない夜が何年も続き、暗闇だった世界に日が差し、夜明けが訪れるような――それほどの衝撃だった。
そして悟った。俺はこいつと出会うために生まれ、こいつは俺と出会うために生まれてきたのだと。
*
二十世紀にアメリカで『オメガバース』という第二の性が発見された。
地球上の八十パーセントの人間は『ベータ』で、『バース性』が発見される以前の世界にいた人間たちと大差ない。
しかし、残りの二十パーセントは、アルファとオメガに分けられる。エリート階層の人間の多くはアルファで、社会的弱者の多くがオメガだ。
またアルファの女は、子宮だけでなく精巣が発達していたので子供を妊娠させることができ、オメガの男は、精巣だけでなく子宮が発達していたので子供を妊娠することができた。
俺の生まれた叢雲家は、アルファの血が濃くベータやオメガの嫁や婿を迎えても、生まれてくる子供は必ずアルファになるという珍しい家だった。
だけど俺は、オメガとしてこの世に生を受けた。
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