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第1章 ある男の意見3

()()()()()、また燈夜くんに意地悪、言われたの?」 「(きぬ)()ったらー、そんなこと言っちゃ、さあちゃんがかわいそうよー。おままごとでもするー?」 「さあちゃん、助けてー! ぼく、絹香ちゃんの子供の役で、ずっと怒らればっかりなの!」 「朔夜、おままごとに飽きたら、おれらとサッカーしようぜ」 「そうそ、朔夜がいるとサッカー勝てるし!」 「絹香のおままごとは超スパルタだからな」  たしかに意地悪なやつもいただけど、優しいやつらもいた。だから町の子どもたちと遊ぶのは楽しかったんだ。  晴れの日は公園の遊具で遊び、友だちとごっこ遊びをしたり、公園の中を駆け回った。雨の日は誰かの家に行ってテレビゲームやカードゲーム。  遊ぶ予定のない日や(けん)()をしてしまったときは、町の図書館で手当たり次第に本を読み漁る。  だけど誰といても孤独感は、なくならなかった。  本を読んでいる最中は、現実のいやなことを何もかも忘れられた。でも本を読み終わえた瞬間や、図書館が閉館時間になると悲しい気持ちや、恐ろしい過去の記憶が波のように押し寄せてくる。  俺の中の何かが満たされなくて、腹を空かせた赤ん坊みたいに声を張り上げていたんだ。    *  時が過ぎ、幼稚園の年少から年中になった。  依然としてバース性はオメガのままで、ひどく落ち込んだ。  新しく子供たちがやってくる入園式の日も、いつものようにいじめられた。 「よかったな、オメガくん。てっきり別の幼稚園にでも行くかと思ったけど、今年もよろしく」 「そうそう! いーっぱい、いじめてやるから楽しみにしておけよ」 「オメガな朔夜ちゃんは、女の子とおんなじようにスカートを穿()いたほうがいいんじゃない?」 「うっせえな、てめえら! 俺だって、そのうち母ちゃんたちと同じアルファになるんだからな! 今に見てろよ……!」  悔しくて、胸が苦しくて、でも一方的にいじめられているだけの状態がいやで反論した。  すると口答えをするなといわんばかりに、人差し指で差される。 「嘘だ! 父様が言ってたぞ。おまえは叢雲の家の子じゃなくて、拾われた子だって。だから兄貴からも嫌われて、父親からも距離を置かれてるんだ」 「違う! 俺は、ちゃんと父ちゃんと母ちゃんの子だ!」 「おまえの言うことなんて誰が信じるもんか! 嘘じゃないって言うなら、なんでおまえだけオメガなんだよ?」 「おれらに文句があるなら今すぐアルファになってみろよ、嘘つき野郎」 「おまえ、本物のパパやママから捨てられたんだよ。だから兄ちゃんからも嫌われてるんだ! 今に今の父ちゃんと母ちゃんもおまえのことを捨てるよ!」  アハハハと楽しそうに俺を馬鹿にする連中に言い返せなくて、もどかしかった。 「さあちゃん、あんなやつらの言うことなんて聞いちゃ駄目だからね」  でも、アルファである絹香やその友だちは、俺のことを助けてくれたり、(かば)ってくれたんだ。  両親や祖父母も、オメガであることに劣等感を感じていた俺を慰めてくれた。  そして――。 「(こう)()、俺の弟を、いじめていいと思ってるわけ?」 「だ、だって、こいつが生意気なことを……」 「言い訳なんか聞きたくない。朔夜に謝れないなら、代わりに俺に謝れよ?」と皮肉なことに、あれだけ俺を蔑ろにしていたアルファの兄が、なんだかんだ言いながらいじめっ子たちから助けてくれたのだ。そのおかげもあって幼稚園の中では、そこそこ快適に過ごせていた。  それでも俺はアルファになることだけを、ずっと夢見ていた。  自分は両親のじつの子供だと胸を張りたい。兄に血のつながった弟だと認められたい。自分をぞんざいに扱う親戚連中を見返したい。  そんなことを四六時中考えながら日々を過ごしていた。  祖母の「流れ星に願い事をすれば、願いが(かな)う」という言葉を信じ、毎晩寝る前は夜空に向かって祈った。  そうしてゴールデンウイークの初日に転機が訪れたんだ。 「報告です!」と母が満面の笑みを浮かべて、メガネのブリッチを人差し指で上げる。  いつもは、難しい顔をしてため息ばかりついている父もニマニマとして、花を咲かせそうなくらいに上機嫌だ。 「お父さんのラーメンを食べてくれるお客さんも増えたし、お母さんのボーナスもたくさん出たので、今年のゴールデンウィークは家族旅行ができます」 「家族旅行? どこに?」と不機嫌そうに兄が母に尋ねた。 「燈夜、少しは喜んでくれてもいいんじゃないか? お父さんの頑張りをだな……」 「どっかの誰かさんがサラリーマンや公務員として働かないから、うちの家計は不安定だし、いつも火の車なんじゃないの?」  兄の言葉を受けた父は、ショックのあまり膝から崩れ落ちてしまった。 「たしかにその通りだけど、これを見て、燈夜」  母から渡された家計簿に目を通してから、兄はチラと目線を上げる。「本当に行けるの?」と半信半疑な様子でつぶやく。 「もちろんよ、朔夜が生まれる前は、よく行ったでしょ? 夢の国に行こう。今度は朔夜も連れて四人で」 「それは……」 「兄ちゃん、俺も行きたいよ! 一緒にジェットコースター乗ろう!?」

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