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第1章 ある男の意見6

 家を出る前に、祖父がくれたカメラを持ってきていれば、写真を撮ることができ、現像して両親や友だちに城の姿を見せることも、半永久的に作品を残すこともできた。  一旦家に帰ってカメラを持ってくるという手もあるが、留守にしている間に、城を壊されてしまう可能性だってある。  知らないうちに誰かに壊されてしまうくらいなら、いっそ自分の手で城を壊したかった。  誰にも作品を見てもらえないまま、壊さなくてはいけない状況を残念に思うものの今さらなにを言っても、しょうがない。  スコップをふたたび手に取るとなぜか急に、俺のことを探している祖母の姿が、頭に浮かんだ。  俺は、自分がとんでもないことをしてしまったことに気づき、罪悪感で胸が押し潰される思いをした。涙が目に(にじ)み、砂まみれの手で目元を拭っていると、白いレースの日傘を手に、淡い水色のワンピースを着た女が公園へやってくる。  彼女は、白いハイヒールを履いているのにもかかわらず、絹糸のような黒髪を振り乱して走っていた。  城を壊すのを中断して立ち上がると、すばしこい(ねずみ)みたいに公園内を縦横無尽に走る小さい子供の姿が、目に飛び込む。()()は砂場へやってくると城の前で足を滑らせ、派手に転び、頭を地面に打ち付けた。  途端に女の悲鳴があがった。  すぐさま手に持っていたスコップを砂場の(すみ)へ放り投げ、チビの前で(ひざ)を折る。自分よりも一回りは小さい手を取り、チビが立ち上がるのを手伝う。 「おい……おまえ、大丈夫か?」  どこからか甘いバニラの香りが漂い、鼻腔を(くすぐ)る。  おかしいな。この公園にはアイスクリーム屋なんかないのにと首を傾げていたら、心臓が激しく鼓動を打ち始め、急激に発汗する。見えない糸で身体を操られているみたいに腕がひとりでに動きだし、俺は、目の前のチビを抱きしめた。  見知らぬ人間に突然抱きしめられたことに驚いたチビは、戸惑いの声をあげる。  慌てて俺は、チビの背中に回していた手をチビの肩に置き直し、勢いよくテープを剥がすみたいに、チビの身体を引き離した。  心臓がドキドキして、風邪を引いたときみたいに頭がぼうっとする。  気がつくと俺は、思いついた言葉を矢継ぎ早に口にしていた。 「こっ、これはな、その……おまえが泣いちゃうんじゃないかって心配で、つい抱きしめちゃったんだ!!」 「そっ、そうなの?」とチビは、びっくりしている。 「ああ、そうだよ! 俺、怪我をしたら、母ちゃんに抱きしめてもらうんだ。するとあら不思議! 痛みがなくなって元気百倍! ピンピンした状態になれるんだぞ。わかったか!?」

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