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第2章 それは、ずっと昔のお話で1

 いじめっ子でガキ大将の(こう)()が今までのことを謝ってくれた。「これからは仲よくしよう」と言ってもらえて、日向は大喜びした。  しかし彼は気づかない。  いつも光輝の後ろをくっついて歩いている少年たちが、光輝の背中越しに、ほくそ笑んでいたことを。 「お詫びにいいものを見せてやるよ」と含みのある言い方を光輝がしても、日向は光輝たちのことを信じた。  昼食後に園児たちは昼寝をする。  幼稚園の先生が、「眠れないよ」と愚図る子どものおなかをやさしく(たた)き、寝かしつけていた。  うららかな春の午後、ぽかぽかと暖かい陽気だったから先生も、うたた寝をしてしまった。  先生や他の子どもたちの目を盗んで、日向と光輝、光輝のお伴をしているふたり子どもの計四人が、布団から抜け出した。  出入り口のガラス戸を開け、靴を履いて四人は外へ出た。  日向はご機嫌な様子で光輝たちの後を着いて行く。 「光輝くん、いいものってなあに!? 七色に光るすてきな絵本? さらさらのお砂で磨いたピカピカな泥団子? 金色の折り紙で作ったかっこいい手裏剣? それとも――」 「ここだ」  着いた場所は鳥小屋だった。  黒曜石のような瞳をキラキラさせて日向は鶏のもとへ駆け寄った。  家に残った葉物野菜を無心でついばみ、食事をする鶏をかわいいと思っていたのだ。何よりもふかふかして、温かい彼らに触れていると安心できた。やわらかな毛布を抱きしめているみたいで、幸せな気持ちになれたからだ。 「いいものって、この中にあるの?」 「そうだ。鶏の寝所に隠したから探してこいよ」  光輝のお伴をしているひとりが、入口の掛け金を外して扉を開ける。  日向はルンルン気分で鳥小屋の中へ入っていった。  足元を歩く鶏たちを踏まないように注意しながら、彼らが寝起きしている、わらのところまで行く。紅葉のような手でわらの中を探ると足元に卵が、ころんと転がった。生みたてで温かい卵を手にした日向は、にっこり笑い、柵越しの光輝たちに卵を見せた。 「今だ!」  光輝の言葉を合図に、光輝のお伴たちが扉を乱暴に閉めた。  突然の大音量に鶏たちが叫び声をあげ、辺りを慌てふためく。  何が起きたのかわからない日向は、卵を手にしたままの状態で茫然とし、その場に突っ立っていた。 「ほら、言った通りになっただろ。日向は()()()()()()から、すぐに人の言うことを信じるんだよ」 「まさか、こんなに上手くいくなんてな。さっすが、こうちゃん。やるぅ!」 「見ろよ。あいつ、動物園の猿みてえ。おかしいの!」  ゲラゲラと笑う光輝たちの姿を見て日向は、いやな気分になった。卵をもとの場所へ戻し、出入り口の扉を押す。扉はガタガタと音を立てるだけで一向に開かない。 「やだ、どうして出られないの!?」 「鍵をかけたんだから出られる訳がないだろ」と光輝が笑う。 「光輝くんの嘘つき! いいものって、これのこと? なんで、こんなことをするの!?」  ようやく日向は嘘をつかれたことに気づき、光輝たちの仕打ちに疑問を(てい)した。  右手を腰に当てて光輝がふんぞり返る。鶏小屋の中にいる日向を見てフンと鼻を鳴らす。 「()鹿()(だま)されるやつが悪いんだよ。だれがおまえなんかと仲よくするかよ。そんなことをするくらいなら、死んだほうがましだ。さっさとこの町から出ていけよ、ヨソモノ!」 「キチガイの子どものくせに、おまえ、うざいんだよ。とっとと消えろ!」 「そうだ、そうだ! 図々しくこの町に居座ってんじゃねえ。どっかに行っちまえ!」 「やめてよ。僕、キチガイの子どもじゃない。お父さんは、そんな人じゃないもん」  日向は光輝たちの物言いに傷ついても泣かなかった。大好きな父親を馬鹿にしてくる光輝たちのことが許せなくて、父親を馬鹿にする連中の前で涙を見せたくなかったのだ。目元が熱くなり、涙が出てきそうになるのを必死でこらえながら光輝たちのことを見据える。 「なんだよ、その目。他のやつらみたいに泣いて許しを請えよ」 「絶対に泣かない。人にひどいことをして何が楽しいの? 『人に悪いことをすれば、(ばち)が当たる』ってお母さんが言ってたよ!」  おもしろくなさそうに光輝は歯()みした。  お伴のふたりも顔を真っ赤にして日向のことを睨みつける。 「日向、おまえ『絶対に泣かない』って言ったよな? おまえら、誰が一番最初にヨソモノを泣かせられるか、勝負しようぜ!」 「いいじゃん、やろうよ。こうちゃん、手加減はなしだからな。やーい、日向。悔しかったら、ここまでおーいで」 「おまえ、きたねーんだから鶏たちに毛繕いしてもらえよ。今日からそこがおまえの家な。一生そこにいろよ」 「そうだよ、ばい菌をみんなに移すなよ。日向菌が移ったら、ぼくたちも馬鹿になっちゃうだろ」 「やめてよ、ここから出して!」  金網を(つか)んで日向が懇願しても、光輝たちは日向のことを嘲笑するばかりで、一向に出そうとしない。それどころか彼らは、思いつく限りの罵詈雑言を日向へ浴びせかけた。  とうとう光輝たちの心ない言葉にたえられなくなった日向は両手で耳を塞ぎ、目をつぶって地面に座り込んでしまう。 「……さくちゃん、助けて」

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