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第2章 それは、ずっと昔のお話で2

 すると鬼のような形相をした少年が、幼稚園の先生の手を引っ張って鳥小屋まで走ってくる。 「光輝! また日向をいじめているのか!? おまえら、いい加減にしろ!」  思っていたよりも早く朔夜が現れたことに光輝たちは口をあんぐり開ける。  このままじゃ先生に怒られる。彼らは()()の子を散らすように方々へ逃げだした。が、すぐに先生に捕まって、三人はもれなく(きゅう)を据えられるのであった。 「日向! 今、出してやるからな。待ってろよ」  金網越しで朔夜は日向に声を掛けた。扉を開けて中へ入り、足元を歩く鶏たちをよけて日向のもとへ向かう。  幼稚園の部屋から鳥小屋まで全速力で走ってきた朔夜は息を切らしながら、身体を縮こまらせている日向のつむじをじっと見た。耳を塞ぎ、目を閉じている日向の前で腰をかがめる。カタカタ全身を震わせている日向の丸い頭をそっと撫でた。  しばらくすると日向の震えが収まった。耳を塞いでいた手を放しておもむろに顔を上げた。 「さくちゃん、どうしてここに……?」 「どうして、じゃないだろ。おまえ、今日は給食にデザートが出ないのに、ずっとそわそわしてただろ。光輝たちもおまえのことをチラチラ見ては、にやついて内緒話をしていた。だから、お昼寝の時間にたぬき寝入りをして、おまえらの動きを見てたんだ」 「そっか。さくちゃんは僕の様子がいつもと違うのも、光輝くんたちが悪いことを考えていたのもお見通しだったんだ。すごいな」  弱々しい声でそう言ったきり日向は黙り込んでしまった。  日向の様子に違和感を覚えた朔夜は、彼の頭を撫でるのをやめて考え込む。光輝たちから殴られたり、蹴られたりして具合が悪いのだ、と思い至った朔夜が卒倒する。 「光輝のやつに何かされたのか!? あいつ、ぶん殴ってやる!」と息巻く朔夜を、日向が(なだ)める。 「違うよ、さくちゃん。そうじゃないの」 「だったら、どうしたんだよ?」 「光輝くんたちに、嘘をつかれちゃったの」  急に立ち上がると日向は、朔夜が開けた扉のほうへゆっくりと歩いていった。朔夜に背を向けたままの状態で「僕って、ほんとに馬鹿だよね!」と空笑いをする。  朔夜は日向のすぐ後ろをついて歩き、日向が口にする言葉を一言一句、聞き逃さないように耳を澄ませていた。 「光輝くんたちの嫌がることを無意識にしちゃったのかなって思っていたんだ。でも、そうじゃなかったの」  鳥小屋の扉を閉めながら「何がそうじゃなかったんだ?」と朔夜は日向に問いかけた。  途端に日向は足を動かすのをやめて項垂れた。水色のスモックの裾を両手で強く握って淡々とした口調で(しゃべ)る。 「僕がこの町に引っ越してきた子で、お父さんがこの町の人じゃないから、光輝くんたちに仲間外れにされちゃうの」  それは朔夜にも身に覚えのあることだった。  ――二年前に両親が生まれ育ったこの町へ引っ越してきた。朔夜は幼稚園へ入園した日から光輝たちに目をつけられ、一度町を出ていった人間たちの子どもだからとつまはじきにされたのだ。  自分ではどうしようもないことを他人から指摘され、悪く言われるつらさを、悔しさを――朔夜も、いやというほどに味わってきた。  朔夜は頭を下げている日向の顔を(のぞ)き込んだ。暗い表情を浮かべ、目線を地面にしやっている日向の頬に触れる。 「ったく、何を言ってるんだよ」  そうして朔夜は日向の両頬をつまみ、横にぐいと引っ張った。  マシュマロのようにやわらかいし、もちみたいに弾力があるんだなと朔夜は日向の頬の触り心地に感心した。  いきなり頬を引っ張られた日向は、朔夜の腕を叩いて抗議する。  ぱっと朔夜が手を放すと日向はじんじんする両頬を手で押さえ、声を荒げた。 「さくちゃん、何するの!? 痛いじゃない!」  鋭い目つきをした朔夜が日向の耳元で怒鳴る。 「日向が馬鹿で、()()で、能天気なお人好しだから怒ってるんだ!」  突然朔夜に(けな)され、腹を立てた日向が負けじと朔夜怒鳴り返す。 「いくらなんでもひどいよ! その言い方はあんまりじゃない!?」 「ひどくない! “嘘吐きは泥棒の始まり”だ。人を騙して、ひどいことをする光輝たちが悪い。なのに、なんでそんな連中と仲よくするんだよ!?」 「だって、お母さんや幼稚園の先生が『みんなで仲よくしましょう』って言ってるもん。僕も、みんなと仲よくなれたほうが幸せだよ!」 「そんなのぜってぇ、できっこねえ。光輝たちと俺らじゃ考え方が違うんだ! おまえだって、さっき言っただろ。『お父さんがこの町の人間じゃないから嫌われれてる』って」  痛いところを突かれた日向は「それは、そうだけど……」と言葉を詰まらせる。 「みんながみんな仲良くなれるなら、いじめも、けんかも起きねえし、警察だっていらねえ。戦争をする国だってなくなる。そんなのは夢物語だ。理想と現実を一緒にするなよ!」 「そんな……」 「そうやって人の言うことばかり聞いて、ちっとも自分で考えようとしないよな! 光輝たちから意地悪をされてるのに、まだあいつらのことを信じるのかよ!? 少しは警戒心ってものをもて。馬鹿なら、馬鹿なりに学習しろよ!」

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