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第2章 それは、ずっと昔のお話で5

 日向の言葉を聞いて朔夜は鼻の奥がつんとした。胸の奥がなんだか苦しくて泣きたくなる。  人からいじめられたり、意地悪をされたときに感じる不快感や息苦しさ、ズキズキとした胸の痛みとは異なるもの。家族や友だちといても感じない。日向だけに感じる、ほろ苦くて甘酸っぱい気持ち。 「僕が、さくちゃんの『大事なもの』を気に入るかどうかなんて見てみないとわからないよ。ねえ、それってどんなもの? ()(れい)だったり、かわいいの? それとも、かっこいい? 原っぱの奥にあるって言ってたけど取ってくるのに時間がかかる?」  目をキラキラさせて日向は朔夜に話しかける。 「いや、そんな奥には隠してねえから、すぐに取ってこれる」 「じゃあ早く行こうよ。ほら、急いで!」  日向は朔夜の手を取り、急かした。  そんな日向の様子に朔夜は面食らう。 「でも、おまえ、入っちゃ駄目って……それに、先生に怒られるのをいやがってただろ」 「もちろんいやだよ」  きっぱりと日向は答えた。 「怒られると悲しい気持ちになるもん。でも、さくちゃんの『大事なもの』が見たいから。それに僕が光輝くんたちに着いていったりしなければ、僕もさくちゃんもお昼寝をできたし、お迎えの時間に大事なものを渡してもらえたんだよ」 「それは、」  ――「そうだ」とも「違う」とも答えられなくて朔夜は口を閉ざした。 「さくちゃんは僕がいじめられているところを助けに来てくれて、心配もしてくれた。それなのに、さくちゃんだけ先生に怒られるのは、なんだか変だよ。どうせ怒られるのなら、ふたりで怒られちゃおう!」 「おまえはそれでいいのか?」  躊躇(ためら)いがちに朔夜が尋ねると、日向は満面の笑みを浮かべて首を縦に振る。 「いいよ。だって、さくちゃんと一緒なら怖いものは何もないもん」  そうして朔夜と日向は手をつなぎ、草の中へと足を進めた。  朔夜は草をかき分け、日向の手を引く。  同年代の子どもと比べて背が低い日向は、緑の海の中で(おぼ)れそうになる。あっぷあっぷしていると背の高い草がベチンと顔にあたる。その拍子に朔夜の手が離れていってしまう。 「さくちゃん、待って! 置いていかないで……」  日向は、朔夜の背中に向かって手をのばした。  すぐに朔夜は後ろを振り返り、日向のもとへ戻ってくる。 「馬鹿。おまえを置いてきぼりになんかしねえよ」  そうして朔夜は日向の手をしっかり握り直した。  歩いているうちに短い草だけが群生している小さな広場に出た。  朔夜は日向の手を放し、草むらへしゃがみ込んだ。  日向は期待に胸をふくらませ、朔夜の背中を見つめる。  すっくと朔夜は立ち上がり、日向のほうへ向き直る。手に取ったものを背中に隠して得意げに笑う。

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