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第2章 それは、ずっと昔のお話で5
痛いところを突かれた日向は「それは、そうだけど……」と言葉を詰まらせ、たじろぐ。
「そもそも、みんながみんな仲良くなれるなら、いじめも、喧 嘩 も起きねえし、警察だっていらねえ。戦争をする国だってなくなる! そんなのは夢物語だ。理想と現実を一緒にするなよ!」
「そんなこと……」
「おまえ、そうやって人の言うことばっかり聞いて、ちっとも自分で考えようとしないよな? 何十回も光輝たちから意地悪をされているのに、まだあいつらのことを信じるのか!? 騙されるなよ! 少しは警戒心ってものを持て! 馬鹿なら、馬鹿なりに学習しろよ!!」
興奮気味に朔夜が言い放つと、日向はぼろぼろと涙を零して泣き始める。
「……ひどい、ひどいよ。……なんで、そんなことを言うの? ……僕には、さくちゃんの言っていること……難しくてわからないよ……!」
しゃくりあげ、肩を震わせている日向の姿を目にして朔夜は、やってしまった……と後悔する。
スモックのポケットから黒猫のイラストが描かれたハンカチを取り出し、日向にハンカチを手渡しながら謝る。
「なあ、泣くなよ。俺が言い過ぎた。悪かったよ、ごめん。だから泣きやんでくれよ。な? おまえが泣いていると俺も、つらい。泣かせたかったわけじゃねえんだよ!」
しかし日向は、朔夜が差し出した手を撥 ねつけた。猫のハンカチが地面に落ちる。
「やだ! ひどいことを言うさくちゃんなんか、嫌い! 大っ嫌い!! あっちに行ってよ!」
顔をクシャクシャにして日向は泣きじゃくった。
何事もなかったかのように、地面に落ちたハンカチを朔夜は拾い上げる。ハンカチについた砂や小石を払い落としてスモッグのポケットにしまう。表面上は平静さを装っているものの内心は、ひどく狼 狽 していた。
どうしよう……日向に嫌われた。このままじゃ、俺の存在価値がなくなる。もう透明人間には戻りたくない! 惨めな思いをしながら泣くのも、居場所がなくなるのを恐れてびくびく暮らすのも、絶対に嫌だ! だけど、どうしたら日向は泣きやんでくれる……? 謝っても許してもらえなかったし、ハンカチも受け取ってくれなかった。そんな俺に……何ができる?
目の前が真っ暗になっていくのを感じながら、朔夜は震える唇で呟 いた。
「俺は、ただ日向に、光輝たちと関わってほしくねえんだよ。これ以上、日向が傷つく姿を見たくねえ。心配だから言ったんだ。なのに、おまえを傷つけて、泣かせて……」
ポタポタと地面に水滴が落ちていく。
朔夜は、飛行機雲のある空を見上げ、手の平を翳 す。
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