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第2章 それは、ずっと昔のお話で6

 美しく咲き誇る桜の花びらが、ひらひらと落ちては来るものの水滴は一向に落ちてこないので、桜雨ではない。  不思議に思っていれば、生暖かい液体がこめかみを伝い落ちる。  涙だ。  いつの間にか、自分も涙を流していたことに朔夜は気づく。()(えつ)()らす日向へと視線を移す。悔しそうに唇を嚙み締め、両の拳を力いっぱいに握りしめる。  しばらくすると日向は、鼻をすんすん鳴らしながら涙を指先で拭った。  今年で年長組、来年は小学生なのだ。幼い子どものようにワアワア泣いているのをなんだか恥ずかくし思い、泣きやんだ。もしも入園したばかりの年少組の子供たちに姿を見られ、「ねえ、どうしたの? 大丈夫?」なんて声をかけられた日には、文字通り顔から火が出るだろう。 「ごめんね、さくちゃん。いきなり泣いたりして……」  涙でぼやけていた視界がクリアになり、日向は目の前の光景に仰天する。  朔夜の両手から血が出ているのだ。赤い液体が白い肌を伝って、地面へ滴り落ちていく。  あわてて日向は朔夜の手を取り、握った拳を開かせようと試みる。  どこか(うつ)ろな目をした朔夜は、日向の動きをぼうっと眺めていて、頑なに手を開こうとしない。 「さくちゃん、やめて! これ以上、強く握らないで!」  なんとか朔夜の手を開くことに成功した日向は、眉根を寄せる。  あまりにも朔夜が強く手を握っていたために、爪が剥がれ、出血してしまったのだ。  先生を呼んでこよう。  幼稚園へ向かおうとしている日向を、朔夜は呼びとめた。  日向は、すぐに朔夜のところへ戻り、「どうしたの?」と訊く。 「頼むから行かないでくれよ。こんな傷、たいしたことはないんだ。痛くない。平気だ!」  朔夜の言葉に日向は目をむいた。 「何を言っているの!? 血が出ているんだよ? このままだと、ばい菌が入っちゃうよ!」 「そんなのどうでもいいから、ここにいてくれよ……!」 「そうだ!」  良いことを思いついたと日向が手を叩く。 「だったら、一緒にお部屋へ帰ろう。そうすれば、僕はさくちゃんをひとりにしないし、先生に怪我を見てもらえる。僕たち、お昼寝の時間を抜け出して外にいるんだもん。先生たちも心配しているよ」 「嫌だ、帰りたくない!」 「ええっ!? なんで……いったい、どうしちゃったの、さくちゃん?」 「おまえが俺のことを『嫌いだ』なんて言うから!」 「えっ、ああ。あれはね――」と日向が言いかけるものの朔夜が話を遮ってしまう。 「俺は、光輝たちに嫌われたって痛くも(かゆ)くもねえ。先生たちやほかの奴らに嫌われても、悲しくなるだけだ。でも……おまえにだけは、嫌われたくねんだよ! ……日向に嫌われたら、この先どうしたらいいか、わかんねえ。お願いだから……俺を……嫌わないで……」

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