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第2章 それは、ずっと昔のお話で7

 どうしてこんなに朔夜が悲しみ、泣きやまないのかわからなくて、日向は困り果ててしまう。  やっぱり先生を呼んできたほうがいいかな? でも、さくちゃんは「行くな」って言っているし……このまま待っていれば、先生たちも気づいてくれる、よね?   すると誰かに背中を叩かれ、日向は辺りを見回した。てっきり先生が来てくれたのだとばかり思っていたが、その場には日向と朔夜ふたり人以外、誰もいない。 『――朔夜くんはね、日向が思っているよりもずっと、日向のことが好きなんだよ。せっかくいじめっ子たちから守ったのに、『嫌い』なんて言われたら、どう? 日向も、お母さんたちに『嫌い』って言われたら、すごく傷つくし、悲しくなっちゃうよね。朔夜くんが泣いている理由はわかったかな? あんなに怒ったのも、朔夜くんなりに、日向のことを心配しているからなんだよ。わかってあげて』  どこからともなく知らない男の声がして日向は、目をぱちくりさせた。男の声は、どこか父親の声に似ていて、話し方は、まるで母親のように優しかった。なによりもその声を聞いていると日向は、懐かしい気持ちになった。だから、〈姿なき声の主〉を怪しんだりせずに、〈彼〉の言葉をすんなりと受け入れられたのである。  日向は、朔夜の背に腕を回した。これ以上朔夜が、不安になって傷つかないように、元気になれるように抱きしめたの。 「嫌いじゃないよ。僕、さくちゃんのことを嫌ってなんかいない」  朔夜は、涙を浮かべた目を大きく見開いた。 「ごめんね。『嫌い』って言ったけど、本当にさくちゃんのことが嫌いで言ったわけじゃないの。つい勢いで言っちゃっただけ。だから、そんなに泣かないで」  朔夜が血のついた手をに彷徨(さまよ)わせていると、どこからか幼稚園の先生の声がする。  光輝たちのお説教が終わったもののいじめられていた日向の姿が鳥小屋にない。おまけに、光輝たちの悪行を密告した朔夜が、いつまでたっても帰ってこないので探しに来たのだ。  日向は、朔夜を抱きしめていた手を離した。先生を呼ぼうとしたら、朔夜に素早く手を摑まれてしまう。  朔夜は、日向の手を引っ張って、先生の声がする逆方向へと走っていった。  そうして着いた場所は、幼稚園の裏に広がる原っぱだ。  日向は肩を上下させ、朔夜に握られていないほうの手を胸に当て息を整えた。 「……さ……さくちゃ、ん。……急に、走り出して……どうしたの……?」 「おまえに渡したいものがあるんだ」 「渡したい、もの? ……ここにあるの?」

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