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第3章 桃2

「お人形さんみたいに可愛くて、物静かで、大人しくて、素直に親の言うことを聞く子でいいな……とか、そんな子供がいる()()()のことを羨ましいだなんて、これっぽっちも思っていないんだから!」  怪訝な顔をして朔夜は、母親のことを、じーっと見つめた。  この人、ほんとにあの親子のことが好きだよな(もちろん俺も好きだけどさ)。なのに、どうしてこうも素直じゃねえんだろう? つーか、日向が人形みたいに可愛いのは知っているし、おばさんの言うことを素直に聞くのはわかるけど……あいつは物静かでもなければ、大人しくもねえぞ、と思っていたのだ。  真弓は、壁に掛けられている時計へと目をやった。そろそろ今夜のメイン料理であるカレーを温め直そうと、キッチンへ向かう。  まるでカルガモの(ひな)のように、朔夜は真弓のあとをついていく。 「なあ、そんなことよりさあ、なんで兄ちゃんは夜まで外をほっつき歩いても、怒られねえんだ? 夏休みになってから、ずっとぶらぶらしてんじゃん! 兄ちゃんだけ手伝いをやらなくていいなんて、ずりいよ! こんなのフコーヘーだ!!」 「あんた、馬鹿ねえ。(とう)()は、夏休みの宿題があるのよ。今だって学校の友達と自由研究をやっているんだから。第一あの子は、学校があるときも、私のお手伝いしてくれているもの。あんただって、わかっているでしょ?」  不服そうな顔をして朔夜は唇を(とが)らせた。 「あんたも小学生になれば、夏休みの宿題を嫌でもやることになるわよ。一、二年生は『お父さん・お母さんのお手伝い』をやって、毎日絵日記に書かなきゃいけないんだから」 「ふーん。小学生っつーのも大変なんだな」  朔夜がぼやいていると玄関のドアが開く音がする。 「ただいま」と燈夜の声がして、朔夜は真弓のもとを離れ、ダッシュで玄関へ向かう。 「兄ちゃん、おっかえりー!」  肌をこんがりと小麦色に焦がし、汗だくの状態で上がり(まち)に腰掛け、靴を脱いでいる燈夜目掛けて朔夜は飛びついた。 「おい、危ないだろ。朔夜」  そう言って燈夜は、朔夜を抱きとめ、身体を引き離した。 「だって兄ちゃん、帰ってくるの遅いんだもん! おかげで俺、超腹ぺこだぜ。待ちくたびれちゃったよ」 「それは悪かったな。今夜はカレーか?」  靴を脱ぎ終えると燈夜は家へ上がり、鼻をひくつかせた。 「おう! 今日は、父ちゃんの大好物のオムレツカレーとシーザーサラダ。デザートは桃だって」 「そっか。父さんは?」 「風呂に入ってるぞ」 「じゃあ、まだ俺は入れないか。父さん、長風呂だもんな」

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