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第3章 桃3
溜め息をついている燈夜の手を取り、朔夜は、「自由研究はどうだ? 泥だらけになってまで、なにを調べているの?」と訊く。
「ああ、町に昔からある湖とか沼や川をみんなで見に行って、晴れの日や曇りの日、雨の日によって水がどう変わるのか、中に住んでいる生き物たちに変化はあるのかを調べているんだ。順調に進んでいるよ」
「それ、面白いか?」
「すっごく面白いよ。途中からみんなで、ザリガニや沢蟹 を釣ったり、蝉 取りになっちゃうんだけどな。おまえも来るか?」
鼻の頭についた土を指先で掻きながら燈夜は、快活に笑った。
苦虫を噛み潰したような顔をして、朔夜は興味なさそうに「俺はいいや」と返事をした。
ふたりが話しているところへ真弓がやってくる。
「燈夜、おかえり――って、やだ! あんた、ずいぶんと汚れているじゃない!? なにをやってきたのよ?」
真弓は、燈夜の姿に驚きあきれ、鼻をつまんだ。
「今日は川や沼だけじゃなく、溝 にも入ったんだ」
「溝、溝ですって!」
大声で叫ぶなり、真弓は天を仰いだ。一息ついて落ち着きを取り戻すと彼女は、朔夜を手招いた。腰に抱きついてくる幼い息子の肩に手を置き、もう一方の手で玄関脇のドアを開く。
「燈夜、今すぐお風呂に入っちゃいなさい。その状態で家の中をうろつかれたら、あとが大変よ」
「ええっ! この歳にもなって父さんといっしょに入るの? 俺、嫌なんだけど」
燈夜は苦言を呈したが、真弓はそんなのどこ吹く風だ。
「みんなで温泉に行ったり、銭湯へ行くときは、一緒に入っているじゃない。そう変わらないでしょ」
「それとこれとはべつだよ!」
ふたりが言い合いをしていると風呂場のガラス戸が開く。タオルを腰に巻き、全身びしょ濡 れ状態の耕助が、洗面所までぺたぺた歩いてくる。
「真弓ぃ。石 鹸 とシャンプーが切れているぞー。詰め替えくれないか?」
「やだ、耕助! 何をしているのよ!」
真弓が黄色い悲鳴をあげると耕助は、鼻の下を伸ばして笑う。
「なんだよ、俺の裸なんて見慣れているだろ? 真弓のエッチ!」
「馬鹿、違うわよ!!」
風呂場の前にあるバスケットからバスタオルを手に取り、真弓は、耕助の顔に向かって投げつけた。
「身体を拭いていない状態で、あちこち歩くのはやめてって言っているでしょ!! 床に水溜りができているし、足拭きマットがビチョビチョなんだけど!? ただでさえ、ぼろっちい床なんだから、穴が空いたら大家さんに大目玉を食らうし、お金を取られるのよ! わかってる!?」
真弓は、耕助の胸の中心辺りに人差し指を当て、詰め寄った。
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