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第3章 桃6
家の中は人の気配がなく、やけに静まり返っていた。
「ちょっと母ちゃん! ……あれ?」
風呂場に繋がるドアを開けたものの誰もいない。
「仕方ねえな」と朔夜は、懐中電灯についているストラップを首にかけ、洗面台の横にある折りたたみ型のステップ台とフローリングワイパーを取り出した。ステップ台をブレーカーの下にセッティングし、フローリングワイパーを手に持つ。ステップ台を昇り、フローリングワイパーの柄でブレーカーを上げた。
辺りは暗いままだった。
何度かブレーカーのスイッチを押し上げたものの状況は変わらずじまい。
おかしいな、なんで電気がつかねえんだよ? もしかして母ちゃんたちも、ブレーカーの異常に気がついて、お隣さんのうちへ電話を借りに行ったのか?
朔夜はステップ台を飛び降りた。ステップ台とフローリングワイパーをもとの場所へ片付け、外へ向かおうとする。
ゴボゴボゴボッ!
急に風呂場から大きな水音がして、朔夜は振り返る。
すぐに水音はやんだが、風呂場のガラス戸越しに何かが、もぞもぞと動いている。
なんだよ。また、ゲジゲジかヤモリが、窓ガラスの隙間から入ってきたのか?
苛 立ちながら朔夜は、風呂場のガラス戸を開け放った。
風呂場の蛇口から出た水が洗面台に落ちて、ぴちょんぴちょんと音を立てている。
シャワーヘッドを手に取って、ガラス戸を見た。ゲジゲジや、ヤモリの姿は見当たらない。首を傾げながら、シャワーヘッドをもとの定位置に戻し、腰を屈めて排水溝に異常がないかの確認を始める。
その間にも浴槽に張られた青色をした湯が、黒いインクを垂らしたみたいに徐々に黒くなっていく。
しかし朔夜は、その異変に気づかない。排水溝の点検を終えて、立ち上がった。とくにこれといって、おかしなところはなかった。ほっと息をついて風呂場をあとにしようとすると、いよいよ浴槽に張られた湯の色は真っ黒になり、水面が大きく揺れる。
そして、黒いのっぺらぼうが、水飛沫 を上げて姿を現した
朔夜は何事かと思って、慌てて振り返り、身体を硬直させた。目をこれでもかと見開いて、現実とは思えない光景に絶句する。
黒いのっぺらぼうは、黒い触手を手足のように伸ばした。
氷のように冷たく、ひどくヌメヌメした触手が頬に触れ、朔夜は意識を取り戻す。恐怖に戦 き、悲鳴をあげ、廊下に向かって一目散に逃げ出す。
開けておいたはずのドアがひとりでに閉まり、ドアノブを回してドアを押しても、鍵がかかっているみたいにあかない。
そうこうしているうちに、風呂場にいる黒いのっぺらぼうの触手が増加する。
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