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第3章 桃7*
まるで黒蛇のような無数の触手が、ドアの前で必死の形相をしている朔夜のもとへ、押し寄せてくる。天井から来た触手は、朔夜の頭や肩の上に落ち、床から来た触手は、朔夜の足首から脹 ら脛 へと、這 い上がる。
生理的な嫌悪感から朔夜は絶叫する。首にかけていた懐中電灯を手に持ち直し、無我夢中で振り回した。
黒い触手は、朔夜の抵抗などものともせずに懐中電灯を床へ投げ捨て、朔夜の両手首と両足首、胴回りと首に巻き付いた。
ジェットコースターに乗った時の浮遊感を朔夜は味わう。実際に、彼の身体は浮いていたのだ。
黒い触手は、軽々と幼児の身体を宙に浮かせ、素早く風呂の中へ引き込んだ。
風呂の湯は水のように冷たく、ヘドロのようにドロドロとしていた。腐敗臭のする汚水が鼻や口の中に入ってくる。朔夜は、触手から逃れようと腕 いた。なんとか浴槽の縁を摑み、顔を水面に出して酸素を求める。
黒いのっぺらぼうは、窓を爪で引っ掻くような不快な音を発し、朔夜の顔目掛けて覆いかぶさった。触手は、さらに強い力で朔夜の身体を締め上げ、湯の中へ引っ張る。
そうして朔夜は完全に、黒い湯の中へ引きずり込まれてしまった。
黒い湯の中は、まるで深い水底のようになっていた。
朔夜は、なおも手足をばたつかせて、触手と黒いのっぺらぼうを引き離そうとしていた。
黒いのっぺらぼうは、触手を操って朔夜の身体を抱き締めた。骨が軋むほどの力で拘束され、抵抗できなくなる。
……――ミ ツ ケ タ 、 ミツケ タ
ウ ツワ ウツ ワ 、
アタラシイ オレ ノ カラダ。
とうとう口の中に溜めていた空気を、ごぼりと吐き出し、朔夜は意識を失った。
意識を取り戻すと朔夜は、リビングのテーブルの上に頬をついた状態で椅子に座っていた。
勢いよく起き上って暗闇の中で目を凝らし、黒いのっぺらぼうの姿を探すが、見当たらない。
パジャマはどこも濡れていないし、骨が軋むほど強く締め上げられたのに、手首には傷ひとつない。風呂場の床へ投げ捨てられたはずの懐中電灯は、壁に掛けられいる。
……なんだ、夢を見ていたのか。それにしては、かなりリアルだったな。
朔夜の心臓は、激しく鼓動を打っていた。
テーブル上の照明をつけようと蛍光灯の紐を引くが、明かりはつかない。先ほどの悍ましい出来事がフラッシュバックして身を震わせた。懐中電灯を持ってブレーカーを上げに行こう! なんて気にはなれなかった。
突然ひとりでにテレビがつき、砂嵐が起こる。
耳障りな音が嫌で、朔夜は、両の耳に手を当てた。
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