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第3章 桃8
「うっせえな! なんだよ!!」とテレビに向かって怒鳴りつける。リモコンを手に取って、電源を切ろうとするが、テレビはついたたままである。
次第に砂嵐はやみ、無音の映像が流れ出す。
瀟 洒 な館が映し出される。
館のまわりの土手には一面菜の花が咲き乱れ、小道には立派な桜並木があった。紋白蝶 や揚羽蝶が花から花へと飛び交い、蜜蜂がぶんぶんと羽音を立てている。まさに春爛 漫 な光景が映し出される。
だが、黒髪の少年は、重苦しく暗い雰囲気を醸し出している。薄汚くみすぼらしい着物を着て、継ぎ接 ぎだらけの風呂敷を背負っている。その瞳には覇気がなく、唇を真一文字に結んで、表情はない。
「日向……?」
朔夜は思わず見知った少年の名前を口ずさんだ。着物を着た少年の容貌が、恐ろしいほどに、日向と瓜 二つだったたからだ。
少年が、館の戸を叩くとすぐに初老の執事が、戸を開いた。彼は、日向と瓜二つの容姿をした少年を館の中へ招き入れる。
階段には、その様子を眺めている歳若い女中がいた。
箒 を手にしている彼女は、日向と瓜二つの容姿をした少年を目にすると、自分の背後で身を隠している少年に話しかけた。
人見知りをしている少年の髪と目の色は、朔夜と同じ色をしていた。顔立ちや背格好までもが、今の朔夜とよく似ている。
朔夜と似た容姿をした少年は、女中の背中越しから、日向に瓜二つの容姿をした少年のことを、興味深そうに見ている。その頬は、熟れた林 檎 のように赤い。サスペンダーで留 めた半ズボンを穿 き、こざっぱりした白いワイシャツを着ている。胸元には、真紅のサテン生地のリボンが蝶々結びをされている。黒いエナメル質の靴は、ピカピカに磨かれている。日向に瓜二つな容姿をした少年とは対照的に、立派な身なりをしていた。
思わず朔夜は、「なんだ、これ?」と声に出して言う。
『どうだ、少しは楽しんでもらえたか?』
見知らぬ少年の声がして、朔夜はぎょっとする。辺りを見回していれば、『こっちだ、こっち』と呼ばれ、テレビのほうへと目をやる。
テレビ画面には、朔夜に似た顔立ちをした少年が映っていた。彼は、にっこりと朔夜に笑いかけ、手を振った。
現実離れした光景、に朔夜は唖 然 とする。椅子から降りてテレビのほうへ近寄る。興味津津な様子で顎 に手をやり、テレビに映る少年の姿をいろいろな角度から観察する。
少年は、咳払いをひとつした。
『初めまして、だな。俺は、みつき。満月と書いて〈満月 〉と言う。おまえの親族で、叢雲の出だ。よろしくな』
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