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第3章 桃9

「――なんだと?」  朔夜は、満月が叢雲の人間だと知るやいなや毛を逆立て、憤った。 「てめえ……ここへ、なにをしに来た? また母ちゃんたちに、(いや)()を言いに来たのかよ!? おまえらのせいで、何回引っ越しをさせられたと思っているんだ……! わざわざ、こんなド田舎まで来たっていうのに、どこからともなく嗅ぎつけたのか? お盆にはまだ早いだろう。さっさとこの家から出ていけよ!!」  涼しい顔をして満月は『おいおい、落ち着けよ』と朔夜に声を掛ける。 『俺は、この家の桃を貰いに来ただけだ。勘違いするな』  テーブルの上にある桃を(いち)(べつ)し、朔夜は叫んだ。 「ふざけんな! おまえにこの桃はやらねえよ!」  キッチンま走っていき、コンロ下にある戸棚から塩の入った未開封の袋を取ってくると、朔夜はブラウン管の中の満月と(たい)()する。 「母ちゃんが余分に買ってきた塩が、こんなところで役に立つとはな」  口の端を上げて人の悪い笑みを浮かべながら、袋を手で破く。朔夜は、害虫駆除をするときのような心構えで、じりじりと満月に近づく。  朔夜が何をしようとしているのかを察した満月は、上擦った声で『馬鹿なことはよせ!』と朔夜の行動を制止する。 「桃は、俺ら四人家族分しかねえけど、こいつならごまんとある。いくらでもやるぞ!」 『誤解だ! 俺は、おまえたち家族に危害を加えたりはしないし、おまえを無視する連中とは違う! 奴らとは関係ない! 俺はおまえの味方だ!!』 「そんな言葉、信じられるか!」  朔夜は満月の言葉を一蹴した。 「こんなに顔がそっくりな奴が親戚にいたら、ぜってえ忘れねえよ! 出任せを言うな‼」  袋の中に手を突っ込み、塩を一摑みする。朔夜は、満月に向かって塩を撒こうと手を振りかぶる。 『そうだ、うっかり忘れていたよ!』  泡を食って満月は早口で言う。 『おまえは一度見たものを忘れない()()な目をしているが、俺の顔を知らないのも無理はない! 俺も居場所がなくて、おまえと顔合わせができなかったんだ!』  ぴたりと動きを止めると、朔夜は塩を撒くのをやめて手を下ろした。額に汗を(にじ)ませ、目を白黒させている満月の顔を凝視しながら、「どういうことだ?」と訊く。 『言葉通りの意味だよ。俺も、おまえと同じようにバース性がオメガだった。そのために、親戚から忌み嫌われ、のけものにされたんだ。今回、()()()()を食べそこねたから、最後のひとつを貰いに来たんだ』  普段の朔夜だったら、こんな怪しい人物に対して警戒心を持ち、近づかないようにしただろう。だが、目の前の少年が自分とよく似た容姿をしているだけでなく、似たような境遇をしているという話を聞いて、つい親近感を覚えたのだ。朔夜は、満月への態度をあらためて話しかける。

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