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第3章 桃10

「そう、なのか? あんたも、あいつらにひどいめに遭わされたのかよ?」  寂しげな微笑を満月は浮かべた。 『ああ……両親が亡くなってからは、ひどいものさ。この容姿のために、周りの人間から『鬼』と()()され、石を投げつけられた。水も、食料も与えられず、奥座敷で(せっ)(かん)されることもあったな』  話しの内容がわからなくても、満月が自分と変わらない年齢でありながら、悲惨な人生を送ってきたことは朔夜にも理解できた。朔夜の中に、満月への同情心が芽生え始め、身につまされる思いをする。 「あんた、桃が好きなのか?」 『そうだ。誰よりも、何よりも一等好きだ』 「そっか――けど、悪いな。この桃は、母ちゃんたちと食べることになっているんだ。それに、あんたはテレビの向こう側にいる。残念だけど、桃をやることはできねえよ」 『いや、桃ならすでに受けとったぞ』  そう言われて、朔夜は机の上を見まわした。桃を載せた白い皿が(こつ)(ぜん)と姿を消している。テレビのほうへ視線を戻すと満月は、桃を盛り付けた白い皿を手にしていた。 『礼を言うぞ、朔夜。代わりにこれをやろう。おまえの大好物だ』  満月が指さす先を辿(たど)ると、机の上にバニラアイスがあった。透き通った水色のガラスの食器に盛られ、ミントの葉が上に載っている。朔夜は、灰色の瞳をキラキラさせて大喜びする。 「すっげえ! あんた、魔法使いみたいだな。これ、マジックか!?」 『そのようなものだ。これくらいのことなら造作もない』 「なんだよ、満月さんって超良い人じゃん!」 『そうだろう? これで誤解は解けたか』  口元に手を当てて「あっ」と朔夜は声を出した。満月に向かって勢いよく頭を下げ、「ごめんなさい」と謝る。 「さっきは変な態度をとったりして、悪かった。最後まで満月さんの話を聞かねえで、悪い奴だって決めつけたりして……」  上目遣いでご機嫌伺いをする朔夜の反応に、満月はくすりと笑った。 『べつにたいしたことじゃない、気にするな』 「許して、くれるのか?」 『もちろんだ。誤解されることは、しょっちゅうあるからな。そうも素直に謝られると、逆にどうしたらいいかわからなくなってしまう。それよりも、その氷菓子を早く食え』  朔夜は、満月に食べるよう促され、首を縦に振った。  机の上に置いてあった金色のスプーンと水色のガラスの食器を手に取る。十五夜の満月のようにも、海でとれたた美しい真珠のようにも見えるアイスクリームをスプーンで(すく)い、意気揚々と口へ運ぶ。口の中に入れる直前で、朔夜は手を止めた。

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