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第3章 桃12
桃の香りが完全に消えると満月は皿を舐めるのをやめ、ぞんざいに机の上へ放り投げた。桃のほどよく冷たい感触や弾力、味に満足し、赤い舌で唇をぺろりと舐める。
『馳 走 になった。うまい桃をありがとう』
「う、うん。……お粗末さまです」
『もっとおまえと話したいところだが、どうやら時間のようだ。ま た 会おう、朔夜』
そう言って満月は、にたりと笑った。
テレビの画面はまた砂嵐になり、耳障りな音がする。
緊張が解けたと同時に、どっと疲れが出た朔夜は、大きな欠伸をして目をごしごしと擦る。布団を敷きに行こうと寝室へ向かう。
いったい真弓たちはどこへ行ってしまったのだろうとか、満月はどうやってテレビに映りながら家にある桃を取れたのかと考えなければならないことは、山のようにあった。だが、ひどい眠気に襲われて、何も考えられなくなる。
まるで酒を大量摂取した酔っぱらいのように酩 酊 状態になり、朔夜は冷たいフローリングの床へと倒れ込んだ。そのまま静かに寝息を立てて眠りの世界へ旅立った。
どこかから母親の声がして朔夜は目を開ける。寝ぼけ眼で起き上がると何かに頭を思いきり、ぶつける。その衝撃で朔夜は覚醒する。自分は寝室へ向かう途中の床で寝ていたはずなのに、いつの間にか、真っ暗でかび臭い空間にいることに気づく。錯乱状態になった朔夜は、目の前にある壁をしきりに叩き、大声で母親を呼ぶ。
真弓は、和室のがたついている押入れの襖 を半ば強引に開き、朔夜の身体を力いっぱい抱きしめた。
目を潤ませた朔夜は、ひしと母親に抱きつき返した。
「母ちゃん……」
「馬鹿っ! なんで、こんなところにいるのよ……心配したんだからね!」
「ご、ごめんなさい……俺、なんでここに入ったのか……自分でもよくわからねえんだ。そんなことより大変だよ、母ちゃん! 変な奴がいたんだ!」
怪訝な顔をして真弓は「変な奴?」と朔夜に訊き返していると、燈夜と耕助がやってきた。
「母さん、朔夜、見つかったんだね」
「なんだー、朔夜。そんなところに隠れていたのか。隠れるのがうまいな。駄目だぞ、夜中にかくれんぼなんかしたら。悪いお化けに連れていかれちゃうぞー!」
胸の前で両手を垂らして「ひゅーどろどろ」と耕助はお化けの真似をする。
朔夜は、真弓の腕の中から抜け出すと父親の手を摑み、引っ張った。
「そうなんだ、父ちゃん! 黒いのっぺらぼうが風呂場にいたんだ! 俺、お湯の中に引きずり込まれたんだよ!」
「ええっ!?」
耕助は戸惑いの声をあげ、真弓に助けを求めた。
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