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第3章 桃13

 しかし真弓は「まったく耕助は、ろくなことを言わないんだから」とぼそりと呟き、横を向いてしまう。耕助が今にも泣きそうな声で呼んでも、無視を決め込んだ。 「朔夜ー、ごめんな。お父さんが言ったお化けの話は、迷信なんだよ」と耕助がおろおろしながら言うものの朔夜は「本当にいたんだよ!」と主張するばかり。父親の話をちっとも聞こうとしない。 「みんな、どこに行っていたんだよ! 停電が起きたのに誰もいなくて……」 「なにを言っているんだ? 停電なんか起きていないぞ」  燈夜は、朔夜の態度に苛ついていた。「こっちは、おまえがいなくて大騒ぎだったのに、嘘をつくなよな」と舌打ちをする。  頬を引き()らせ、朔夜は「停電がなかった? そんな馬鹿な話があるかよ!?」と大声で言うと真弓が「本当よ、朔夜」と不安げな調子で告げる。 「私たち、ずっと家の中にいたけど、停電なんか一度も起きていないわ。あんたがいつまでも返事をしないから、みんなであんたのことを探していたのよ」 「そうだな、かれこれ一時間近くは探したかなあ? 真弓にいたっては、家の鍵がかかっているのに『誘拐されたんだわ』って、110番通報までしようとしていたんだぞ」  なにが、なんだかわからない。狐につままれたような気分に朔夜はなる。  朔夜が黙り込んでいると燈夜は大きな溜め息をつき、やれやれと肩を(すく)めた。 「おまえさあ、夏休みになってから、お化けtか、ねずみの化け物が出てくる絵本や、妖怪が出てくる漫画ばっかり見ていたから、現実と夢をごっちゃにしたんだよ」  燈夜の言葉に朔夜は(がく)(ぜん)とする。耕助の手を離し、パジャマの上着の裾を握り、目線を床へとやる。視界の端に映った自分の手首や足首の皮膚は赤くなり、腫れ上がっていた。朔夜は、がばっとパジャマの上着を(まく)り、腹部を見た。胴回りも同じように赤くなっていた。手で首を触れば、皮膚には凹凸があった。  これを見せれば、俺がお化けに襲われたって証明できる! 「母ちゃん、これ!」と朔夜は真弓に手首を見せる。 「お化けが俺のことを捕まえていた証拠だ!」  真弓は朔夜の手を取り、手首を凝視した。それから顔色を真っ青にして悲鳴をあげた。 「あんた……身体中に()()()が出ているじゃない! 何よ、桃アレルギーだったわけ!?」 「アレルギー……」  母親の言葉を耳にすると、へなへなと力をなくして朔夜は崩れ落ちた。 「あれだけ口を酸っぱくして、つまみ食いするなって言っておいたのに! ()()食べたりするからよ!」と真弓は涙ぐむ。

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