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第3章 桃14

「やっぱりな。勝手に桃を()()食べたことを母さんに叱られるのが嫌で、こんなところへ隠れていたんだな、朔夜」  冷たい口調で燈夜に問いつめられ、朔夜は大慌てする。 「なっ、なんだよ、それ! 確かに俺、みんなのことを待ちきれなくて、桃を一切れ食っちまったけど、全部は食ってねえよ! 押入れの中にも気がついたら、入っていて……」 「おまえ以外に誰が食べるんだよ。鼠や、ゴキブリが食べたとでも言うのか? 押入れだって自分で入る以外にないだろ。『誰かが俺をここへ閉じ込めたんだ!』なんて言い訳はよせよ。見苦しい」 「そうじゃねえ! 叢雲の家の子がこの家に来て、桃を全部食っちまったんだ!!」  朔夜以外の三人は、思わず顔を見合わせた。真弓も、耕助も険しい顔つきをする。  燈夜はヒステリックな笑い声をあげ、朔夜の言葉を笑い飛ばし、「冗談でもそんな言葉を口にするなよ」と言い切る。 「じゃあ訊くけど、その子の名前は、年齢は、顔は、特徴は? 玄関の鍵は俺がかけたし、母さんも戸締まりをしている。風呂場には俺と父さんと母さんの三人がいて、完全な密室状態だった。しかも叢雲の親戚連中はここの住所を知らない。それのに、どうやって来るんだよ? 魔法使いが、この家に入れたとでも言うのか?」 「あいつは……あれ……?」  朔夜は、ズキズキと痛む頭を押さえた。  自分と同年代の少年と出会ったことは覚えていた。だが、彼とは、この家のどこで出会ったのか、どんな話をしたのか、詳細なことは一切覚えていない。  なによりも、彼の顔をまったく思い出せないことに、朔夜は言葉を失った。  口頭で人の名前を聞き取り、覚えることは不得意でも、人の顔は一度見てしまえば絶対に忘れない。忘れられない。  それなのに、頭の中で少年の姿を確認しようとすると、少年の頭部全体は黒いクレヨンを塗りたくったようになっていて、顔がわからないのだ。  こんなことは、今まで一度だってなかったのに……。どうしよう……なんでわかんねえんだよ!  完全に堪忍袋の緒が切れた燈夜は「ほら、さっさとしゃべれよ」と急かしてきて、朔夜は焦燥感に駆られる。口の中がからからに乾き、喉が詰まったような状態で言葉を紡いだ。 「あいつは……気づいたら家の中にいて……桃が欲しいって……」 「わかった、もういい」  燈夜は、朔夜がまだ話している最中なのにもかかわらず、話を遮った。 「おまえの作り話には付き合っていられないよ。本当、おまえって人に迷惑をかける達人だよな。嘘をつくなら、もっとうまく嘘をつけよ」

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