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第3章 桃15

 すかさず耕助は、燈夜と朔夜の間に割って入った。 「燈夜ー、いくらなんでも言葉尻がきついぞ。言い過ぎだ。朔夜も嘘をついていると将来泥棒さんになっちゃうぞ。良い子だから、素直にごめんなさいをしような」  まだ、なにか言いたげな様子で燈夜は、唇を嚙み締めた。  朔夜も朔夜で、嘘つき呼ばわりされるのは心外だと顔を真っ赤にし、地団駄を踏む。 「嘘じゃねえ! 桃だって全部食ってねえよ!!」  朔夜が自分の非を認めずに、意固地になって嘘をつき通そうとしているのだと思った燈夜は、侮蔑の眼差しを朔夜へと向ける。 「しつこいぞ。母さんの言うことを聞かずに桃を食べたりするから、苦しい思いをするんだ。自業自得だよ」 「違う! 嘘じゃねえ! ほんとだもん……ほんとなのに……!」  大粒の涙を零し、朔夜は、わあわあ泣き始めた。 「やめろよ。これじゃあ、俺が、おまえをいじめているみたいじゃないか……」  悔しげな顔をして、泣いている弟のことを見つめてから燈夜は、父親へと声をかけた。 「悪いけど、夜間にやってる病院を探して。俺は、朔夜の保険証とお薬手帳を準備する。あと、着替えを取ってくるから」 「あ、ああ……急いで調べてくる!」  耕助は慌ただしく和室を出て行き、黒電話のある廊下のほうへ走っていった。  燈夜は、じめじめして蒸し暑い和室の中を見回し、押入れの近くにあったクーラーのリモコンを手に取り、クーラーの電源を入れた。押入れから草臥(くたび)れた座布団を一枚取り出して、朔夜を座らせる。 「なんでだよ、兄ちゃん。どうして……」 「仮病で蕁麻疹は出ない。俺は、苦しんでいる病人を目の前にしても、駄々をこねるガキとは違う」 「ちょっと燈夜、そういう言い方は、いくらなんでもないでしょ! 他の子たちには優しくできるのに、どうしてじつの弟には、冷たい態度しかとれないの?」  真弓が朔夜のことを擁護すると燈夜は、迷子になって帰り道がわからなくなった子どものような顔をした。 「そんなの母さんが一番よくわかっているだろ」と言って、二人に背を向ける。 「……母さん、悪いけど、朔夜のことをお願い。こっちはこっちで準備をするから」 「えっ? ――ええ、わかったわ。ありがとう、燈夜」  ところどころに染みのある、雲の絵が描かれた襖を静かに閉めて、燈夜も和室から出ていった。  朔夜は座布団の上で三角座りをして、燈夜への恨み言をブツブツ口にしていた。  真弓は朔夜の隣に座って、紺色のエプロンのポケットからポケットティッシュを出し、朔夜に手渡した。

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