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第3章 桃17

「朔夜? どこへ行ったの? かくれんぼをする時間じゃないでしょ!? カレーをよそるわよ!」と大声で呼ぶ。  しかし、朔夜の返事はない。  クスクスと子どもの笑い声が聞こえ、続いて階段を駆け上がる足音がした。真弓は、「もう、なんなのよ! 階段に穴が空いたら大変だから二階には行っちゃ駄目って行っているのに……」と文句を言って、階段前へ移動する。  階段横にあるスイッチを押して電気をつけ、二階へ上がる。  二階の大部屋のドアを開け放つと部屋の中は真っ暗で、しんとしていた。人の気配がない。蛍光灯の明かりをつけ、真弓は押入れの中やテーブルの下など、幼い子どもが隠れられそうな場所を見る。 「朔夜、どこにいるの?」  階下から何かが割れる音がして、真弓は電気を消し忘れたまま階段を駆け下りた。  リビングの床には、朔夜の愛用している陶器のマグカップが落ち、割れていた。粉々になり、原型を留めていないそれを目にして、いよいよ真弓の胸はざわつく。  彼女は、泣きそうな声で息子の名前を繰り返し口にし、夫と長男が風呂から出てくるまで家中を探し回ったのだ。  それに――燈夜は密室だと言ったが、実際は違う。  夫婦共働きで、鍵っ子である息子たちのために、ポストの中に家の合鍵を一本入れてあったのだ。ときどき真弓と耕助が、暗証番号を変えてはいたものの四桁の数字がわかれば、鍵はたやすく手に入り、誰でも家へ侵入することができた。  ポストの中に合鍵を入れるなんて不用心だと常々真弓は思っていた。痛い出費だが、鍵師に頼んで合鍵を増やしてもらい、息子たちや、じつの両親、義理の両親に渡したほうが安全だと耕助に話を持ちかけた。だが、楽観主義の耕助は息子たちに鍵を渡して、なくされることのほうを恐れた。 「こんな田舎町に、子どもを誘拐する不審者は、現れるわけがないよ。夜中に山へ死体を捨てにくるヤクザや、犯罪者だったら出そうだけどな」なんてジョークを言って「真弓は心配しすぎだよ」と笑い飛ばしたのだ。  だから暗証番号を知った者が合鍵を使って玄関からそっと忍び込み、真弓たちが風呂場にいる間にリビングへ行って桃を食べることも、朔夜と会話をすることも実質可能なのだ。 「あんたが嘘をついているとは思わないわ。でもね、耕助や燈夜が言っていたことも、嘘じゃないのよ。あんたからちゃんと話を聞かないと、どうなっているのか、わからない。ゆっくりでいいから、なにがあったのか、よく思い出してみて」  朔夜は頭を横に振り、「思い出せねえ……」と頭を抱えた。

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