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第4章 オメガバース8
「さくちゃん、ごめんね。――やっぱりこの指輪は受け取れないよ。返すね」
そう言って立ち上がると日向は草むらの隅まで歩いていき、三角座りをして、それっきり口を噤 んでしまった。
朔夜は焦った。まさか日向が指輪を返してくるなんて夢にも思ってもいなかったのだから。慌てて立ち上がり、日向のもとへ寄る。
「な、なあ、どうして受け取ってくれないんだよ? 俺が、すぐ泣くし、怒るしで、日向を傷つけるような女々しい奴だから、結婚するのが嫌なのか? それとも『男同士で結婚だなんて気持ち悪い』って思ったのか?」
自分の言葉にショックを受けた朔夜は、まるで段ボール箱の中に捨てられた子犬のように、身体を震わせる。
「そうじゃないの」と日向は静かに言って、首を横に振った。
「……僕、さくちゃんのことが好きだよ。困っている子がいたら、必ず助けにいく正義のヒーローみたいで、かっこいいなあって思っているよ。いつも、光輝くんからいじめられている僕にも優しくしてくれて、僕が悲しい気持ちになっていると駆けつけてくれる。だけど……男の子同士で結婚できるなんて、夢にも思っていなかったの。オメガバースとか、魂の番についても初めて聴いたから、びっくりしちゃったんだ。
でもね、さくちゃんに『お嫁さんになるんだ』って言われたとき、『気持ち悪い』なんてこれっぽっちも思わなかったよ! だって僕、さくちゃんとこれから先も、ずっと一緒にいたいもん。家族になって、同じおうちに住んで、朝も、昼も、夜も仲良くできたらいいな、って思うよ」
日向から「好き」の一言を聞けた朔夜は、その場で躍りたい気分になる。
あからさまに機嫌がよくなって、表情も明るくなる。でれっとした顔になり、口元がにやけそうになるのを、なんとか我慢する。
だが日向は、むずかしい顔をして朔夜のことを見据えた。
「ねえ、さくちゃん。前、親戚の結婚式がすてきだったよ、ってお話をしたよね。その人たちは多分、さくちゃんの言う魂の番だったんじゃないかな? 男の人同士で結婚式を挙げていたから」
「そうだったのか! いいな、俺たちも、いつか……」
「だからね――お父さんは、僕とさくちゃんが番になるのも、結婚するのも絶対に反対するよ」
朔夜は、日向の言葉を耳にすると笑うのをぴたりとやめ、表情を強張らせた。
「おじさんが……? どういうことだよ?」
「……お母さんはね、僕が誰と結婚することになっても、『大好きな人と結婚することは、とっても幸せなことで、すてきなことだよ』って教えてくれた。でも、お父さんはね、『男の人同士、女の人同士が結婚するなんて変だ。そんなことは、頭のおかしい連中のすることだ』って言うんだ。お母さんの親戚の結婚式が終わって、おうちに帰ったらね、お父さん、お母さんのことを殴ったの。『おまえは碓氷の家に泥を塗るつもりか! 日向に気味の悪いことを教えるな!』って……」
日向の話を聞いて、朔夜は何も口がきけなくなってしまう。
「結婚って、ふたりだけでするものじゃないよね。少なくとも、お父さんやお母さんに許してもらわなきゃできないもの、でしょ?」
すぐに日向の言葉を否定できたら、どんなによかっただろうか。だが、朔夜にはできなかった。それどころか日向の言葉を肯定しそうになる。朔夜は、日向の目を見つめていることができなくて、目線を草地へとやった。
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